第9話 ロバ

 バニヤンのアドバイスに従い、ロバの調達にきた。馬丁の男のにがり切った顔が俺たちを迎えた。何だか嫌な予感がする。

「すまんがね、売れるものがないんだよ」

 男が言った。

「どういうことだ?」

「売り切れってことだよ」

 確かに厩舎きゅうしゃの中はしんとしていて、動物の影もない。残されたロバのフンの臭いだけがあたりに漂っている。

「そんなことがあるものなのか。売り切れなんて」

「ああ。さっき大口のお客さんが来てな。大量に購入していかれたんだ」

「何だって」


「ちょっと待って」ミルズは目をぱちくりさせた。「売り切れるほど買い上げたってことは、それだけ荷物を運ぶ用事があるってことだろ。そいつらももしかして魔の山踏破を目指している?」

「そのようだ」男は言った。「ちょっと怪しい連中だったよ。俺だってそんなにロバは売れない。地元民の農作業にも使われたりするからな。そう言ってみたところ、そいつらは大量の金貨を押し付けてきて、強引に取引を進めやがったんだ」

「そいつら、どんな連中じゃった?」

 ビッグスがたずねた。

「何だか怪しい連中だったな。全員そろいの白いローブを着て、どいつもこいつも目つきがカタギじゃない。それから――」

「それから?」

「全員、気味の悪い武器を下げていた。剣も杖も斧もあるんだが、どれもそろって真っ黒な色をしているんだ」

「黒い武器だと」


「ダークドワーフの作った武器か。それを持った連中も魔の山踏破を目指しているんだな。どうして。何のために」

「分からぬ。だが、何か大きな目的があることは確かじゃ。大隊でなにをしようとしているのか?」

「関わり合いたくねえなあ」俺は言った。「タイミング遅らせて出発することにしない?」

「奴らに先に踏破されたら意味ないじゃん」

 ミルズはあきれ顔をした。


「あんた、お客さん?」

 男の妻らしき女が厩舎の外から顔をのぞかせた。

「ああ、ロバを買い求めて来なすったんだが、残念ながら売るものがない」

「ロバなら一頭いるじゃない」

「いや確かにいるが、あれを売っては申し訳ない」

「いるのか? ロバが」

「いるにはいるんだが、商品にならんシロモノでね。アンタらに売るに忍びないんだよ」

「正直、猫の手も借りたいところだ。売ってくれたら助かる」

「アンタらがいいならいいんだけどね」

 店主はぼそっと口にした。

「?」


「よう、アホども」

 ロバは言った。

 どこからどう見てもロバなのだが、人語を話している。

「なあ? 買う気起こらんだろ? しゃべるしうざいし口をひらけば悪口ばかり並べるんだ」

 男が言った。

「どいつとこいつもアホづらひっさげて突っ立っていやがる。この世はアホばかりでむなしくなるね」

「でもこのロバで要は足りるのでしょう? 買わない手はないのでは?」

 クロードは言った。

「よく言った。マヌケのエルフ。褒美にそのきれいなケツを蹴り飛ばしてやるぜ」

「ちゃんと働いてくれるんじゃろうな?」

「お前よりマシだよ、穀潰しのアホドワーフ」

「この斧で切り刻んでやろうか」

 ビックスはマジになって戦斧バトルアックスの柄をにぎり込んだ。

「お前にゃ無理だよ。このへっぴり腰」

「うーん。これは確かに売り物にならんな」

 どうしたものかと俺は腕を組んで考える。

「おいそこの人間」

 ロバが俺に食ってかかってきた。

「なんだよ、ロバ」

「どこかで見たようなツラしやがって。どこのどいつだこの野郎。名を名乗れアホ!」

「ふざけたロバだな……」

 俺は頭を抱えた。


「こんなロバしかいなかったのですか?」

 シェルパの二人は呆れ顔だ。結局俺たちはこのロバを連れて行くしかなかった。

「これしかいなかった」

「前途多難ですね、この旅」

 カエル顔のレイニーは苦笑いをした。

「おう、お前らの人生同様に前途多難だぜ」

 ロバは言った。

 どうやらこのロバ、口の悪い転生者らしい。ロバに転生するなよ。まあ、自分じゃ選べなかったんだろうけど。

「まあいい。最低限、用が足りればな。明日早く出発だ。今夜はゆっくり過ごすことだな」

「そうしよう」

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