第10話 噂話

 この夜俺は夢を見た。

 昔通ってた高校の教室に学生服を着ている俺がいて、セーラー服の女子と並んで勉強している。

 まるで人生の一コマを切り取ったかのようだ。

 ただ、そんな記憶は俺にはないから(高校三年間女子の友達はできなかったよ)、これはきっと脳みそがねつ造したビジョンだ。

「ねえねえ、これはどうしてそういう意味になるの?」

 女子は聞いた。

「ここにTOから始まる不定詞があるだろ。これが副詞的に使われて動詞を修飾しているんだ」

「へー。そうなんだ。よく分からないけれど」

「ここはむずかしいからね。ゆっくり覚えておこう」

「星神くんって優しいよね」

 この世界ではホッシーで通ってる俺。本名は星神金太郎という。金太郎だぞ、金太郎。まさかり担いだヤツじゃねえんだから。親のセンスを疑わざるを得ない。


「ねえ、宿題はここまでにしない?」女子は言った。「せっかく二人きりなんだしさ。誰も来てないし……やらない?」

「やるって何を」

 俺はドキドキしながら答えた。

 俺たちしかいない教室、二人きりでできること、女子の提案。期待しないほうがおかしいというものだろう。

「な、何するのかな?」

 俺はおそるおそるたずねる。

「もちろん、魔の山踏破だよ!」

「へ?」

 次の瞬間、女子の顔はシンデレラ・シルバーレイクのものになっていた。

 制服姿のシンデレラは俺の手を取る。

「ホッシーさん! 魔の山を踏破しに行きましょう!」

 シンデレラはパァと明るくほほえんだ。

「えええーっ!」


 目が覚めると、そこは現代世界ではなく、異世界のコテージ。

 何という恥ずかしい夢を見ているのか。中学生かよ。俺はもういい歳して。

 こんな夢に出てくるくらい好きなのか。

「ちくしょう。眠れねえ」

 時計を見るとまだ夜十時。まだ寝るには余裕があるか。

「寝酒でも飲みに行くか」

 ローブをはおって、俺は宿の部屋を出た。

 

 宿からさほど離れていないところに酒場があった。

 観光客の多い町だけあって、夜でも大勢の人でにぎわっている。俺は隅っこの一人がけの席に座り、ビールではなくワインを注文した。

「前よりは懐事情はよくなったかな」

 濃厚なブドウの芳香ただよう赤ワインを堪能する。

 ちょっと前には手の出なかった一品だ。

 少しは状況が良くなっているのを実感する。

「ああ、最高だな。冷えた体に効く」


「――お前も見たか、あの怪しい連中」

「そろいの白ローブの黒い武器の奴らだろ。見た見た。なんか不気味だったな」

 隣の席から、話し声が聞こえてきた。冒険者らしき武器防具で身を固めた男たちがビールを片手に話をしていた。

 黒い武器の連中だと?

 俺は耳を傾けた。

「あいつらについては変な噂があってな。なんでもロープにつながれた奴隷みたいな連中を山に運んでいるらしいんだよ」

「俺もそれ聞いた。男女問わず、連れて行ってるってな。それも人のいない真夜中に行動しているって。こうしているいまも暗躍してるかもしれんな」

「そいつら何なんだろうな」

「新興教団だ」

 第三の男が口をはさんだ。そいつも冒険者だった。


「確かか?」

 男のうちのひとりがたずねた。

「ああ。そいつらの助っ人をやるっていう男から聞いた。あいつらは目的は分からないが教団施設をこの山に作るつもりのようだ」

「どんな教団なんだ?」

「詳しいことは分からん」

「奴隷を連れてるなんて邪教じゃねえのか。白鳥教会ホワイトスワンに通報したほうがいいんじゃねえか」

「だろうな。でもあいつらにゃ期待できねえ。魔王軍と戦ったばかりで疲弊している。勇者シンデレラの活躍がなけりゃ今ごろ潰れてただろうさ」

 ここでもシンデレラの話だ。

 いまや世界一の有名人だな。

「では放置か?」

「どちらにせよ、連中が魔の山に引きこもるかぎりは大したこともできんだろ。勝手にやらせておけ」

 と冒険者の男は言った。 

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