第11話 迷子
グラスを飲み干すと、いい感じに酔いが回ってきた。店を出た俺は、ふらつく足で整地のされていない路地を歩く。とても穏やかな夜だった。空には星が出ていた。このままベッドに倒れ込めば安らかに眠れそうな予感がした。
「……邪教団か」
ダークドワーフの武器を持ち、奴隷を従えて山頂を目指すあやしげな集団。
前に森で出会った
ダークドワーフに異様な執念を燃やすビッグスは、こいつらに興味津々だ。でも、俺としては正直関わり合いたくない。
さんざん言ってる通り、俺は俺たちに魔の山踏破ができるとは思っていないし、そんな邪教団とやらの話もうんざりだ。
俺の算段は、キングからの投資に対し、「やってみましたけどダメでした」のベストエフォート型の言い訳で勘弁してもらうというものだ。
キングは上手くいかなきゃ金は返せってタイプじゃないだろうし、せいぜい「六号目まで登りました」みたいな実績を残しておくぐらいでいいと思ってる。
山登るのだって精いっぱいなのに、邪教団と遊んでいるヒマはないんだっての。
「たす……けて」
ん?
十字路に差し掛かった時、ちいさな声が聞こえた。通りに目を向ければ、閉店した店の前で、ワンピース姿の少女がちょこんと座り込んでいた。
「助けて……」
女の子と目があった。女の子は目に涙を浮かべている。歳の頃は5歳ぐらい。亜麻色の巻き髪にヘアバンドをしていた。
「どうした? 迷子か?」
「うん」
女の子は涙声で言った。
「お母さん? お父さんは?」
「はぐれた」
この街に交番はないのかと思ったが、この世界にそんなシステムはそもそもないのだった。
警察組織は存在しない。
大きな都市なら衛兵が日中夜見回りをしているが、彼らにしても迷子の相手など業務外だ。
「お母さんに、お父さんに会いたい」
女の子はべそをかいた。
「うーん…」
こんなところで子守をしているヒマは俺にはあるのだろうか?
自分のことで精いっぱいなのでは?
いや。
ここで小さい子どもを放っておくのも、大人としてどうかという気がした。
「身なりがいいし観光客だな。それも貴族か何かのご令嬢だ。いいよ。この街にある高級ホテルをしらみ潰しに探して、君の親御さんに会わせてやる」
「本当?」
女の子が目を輝かせた。
「お優しいのですね」
誰かの声がした。
子どもの親かと思ったが、その姿を一目見て絶対に違うと判断した。
全身をおおいつくす頑強な金属の鎧。目元に開いた空洞が俺に向けられている。この世界では全身鎧は時代遅れだとどこかで聞いた。にも関わらず、そいつは誰にはばかることなくその鎧を身に着けていた。
俺がゾッとしたのは、鎧の光沢が星空の下でもあまりにピカピカしていたからに他ならない。ここまで長旅を送ってきたものは、少なからず戦闘の傷だったり、生活でできた傷(例えば木の枝に引っ掛けたとか)だったりを残しているものだ。だが、そいつの鎧はまるで打ち立ての金属みたいにツルツルしているのだ。
――お前、なにもんだ。
口にしようとしたが、うまく声が出なかった。
すると、目の前の女の子が立ち上がり、全身鎧に向かって走っていった。
「あ、おい!」
「お兄ちゃん!」
俺と女の子が叫んだのは同時だった。
お兄ちゃん?
「ははは、いい子ですね」
全身鎧は女の子を抱き上げた。両脇を抱え、高い高いする。女の子の顔に笑顔が浮かぶ。
「どういうことだ?」
「わたくしたちは友達なのです。さっきここで知り合いましてね。実はわたくしも彼女の親御さんを探していたところだったんですよ」
「ジュリエット!」
全身鎧の後ろから、三十代くらいの女性が現れた。女性は女の子と同じ亜麻色の巻髪。見るからに親子だ。全身鎧から奪うようにして女の子を抱きしめる。
「冒険者様、なんとお礼をしていいのか」
母親が言った。
「いいんです。当然のことをしたまでですから。お礼はあの冒険者の方に。あの方も娘さんを心配されたようですから」
「お、俺?」
女性の視線が俺に向けられた。女性はほほえみかけ、深々と頭を下げた。
「俺は何もしてないのに」
「いえ」全身鎧は言った。「見てましたよ」
なんだかきまりが悪く、俺はぽりぽりと頬をかいた。
母子をホテルまで見送った後、俺たちは無言で肩を並べながら道を歩いた。
「あなたはホッシーさんですね?」
全身鎧はそう切り出した。
「どうして俺の名を?」
「知っていますとも。魔の山を踏破を目指しているのでしょう?」
ふと脳裏にキング・ザ・ブルの姿が浮かぶ。もしかして、あのオヤジ、俺たちのことを大々的に喧伝してるんじゃないだろうな。「無スキルどもが魔の山を目指す!」みたいなキャッチフレーズ掲げて。
「わたくしも山頂を目指すものです」
「そうなのか!?」
急に親近感が湧いてきた。もしかしたら仲間にスカウトできるかもなどといった思いが頭をよぎったが……。
「わたくしと貴方はライバルということになりそうですね」
「何で!?」
「単独踏破をわたくしは目指すつもりです。あなたたちには負けませんよ」
そういうと金属鎧の姿が消えた。
消えた!?
魔術か?
そう思ったのも束の間、金属鎧は俺の頭上を飛んでいた。
「『飛行』スキル……!」
「いずれまた、
そいつは羽が生えたように滑空すると、高い建物が居並ぶ街の方へと姿を消した。
「なんだか知らないがライバルができちまった」
やつが飛んでいった方を向いて立ち尽くす。
「単独踏破を目指してるヤツか……まったく勝てる気はしないがな」
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