第二章 魔の山

第8話 ふもとの町

 町から町へと移動していると、やがて魔の山が見えてくるようになった。ごつごつした山肌には雪が積もっていた。山頂には黒い霧がかかっていて、その全容を見ることはできない。いかにも恐ろしげな感じだ。

「あんな山、本当に登りきれるのかな? ていうか立ち入ることだって容易じゃない感じがビンビンしているんだが」

「ホッシー殿、恐怖に駆られているのですかな? 無理もありません。そういうときはエルフ仕込みのヘイルヘムタッキーをかけるのがいいでしょう」

 クロードが言った。

「ヘイルヘムタッキーって何だ?」

「ヘイルヘムタッキーとは股座またぐらを蹴り上げるエルフの精神療法です。股座を蹴られれば、その衝撃で大抵の不安は消し飛びます」

「下手したら死ぬよ!」

 ていうか、そんなことしてるなんてエルフの連中も大概アホだな。


 それからまた町から町へ、山から山へを繰り返しているうちに、いよいよふもとの町までたどり着いた。

 標高はすでに高いところにあり、風が肌に冷たい。


 多くの人でにぎわっていた。冒険者のみならず、身なりのいい貴族然とした人の姿も多かった。

 魔の山とはいえ、一合目くらいならさほど危険もなく、記念の登山をする人はたくさんいる。そのおかげでふもとの町は観光客でにぎわっているのだとか。

 城壁で囲まれ、地面は石畳で覆われていた。観光客で混み合う商店街のなかを通れば、みやげ屋やお茶屋が軒を連ね、熱心な売り込みの声がひびいていた。

「見てみて、ホッシー。温泉たまごが名物なんだって。ひとつ食べたいなあ」

 ミルズは目を輝かせた。

「…………」

 ワンドルは左右にしっぽを振る。

「その前に報告だ。キング・ザ・ブルに町までついたら水晶玉で報告するように言われている」


 広場にたどり着くと、俺はローブのポケットから水晶玉を取り出し、魔力を込める。キングのナンバーは6958473。その数字を脳裏に描く。

 プルルルル……。

 問い合わせ音が鳴る。

 この光景は何度見ても携帯電話の通話っぽい。

「もしもし。キング・ザ・ブルです」

 目の前にキングの巨体が浮かび上がる。なぜか上半身裸だ。ミルズがキャッと目を背ける。

「もしもし。俺たちです」

「お前ら誰だっけ?」

 眉根を寄せてキングは言った。

「スキルなし連中ですよ! いい加減覚えてください!」

「ああ、お前らか。いま忙しいんだよ。一体何の用だ」

 キングの周囲から「きゃはは」「うふん」と女の声が聞こえてくる。老いてなお、お盛んなことで。


「定期連絡よこせって言ったのはアンタでしょうが! ふもとの町まで着きましたよ!」

「ふむ。そこまで来たか。まずは第一歩ってとこだな」キングは言った。「そこで登山道具を整えろ。それから山岳案内人のシェルパを雇え」

「忠告感謝します」

「ところで、お前ら。そこにシンデレラがいたりしないだろうな?」

「シンデレラ? シンデレラ・シルバーレイクのことですか?

 あの容姿端麗なビキニアーマーの少女を思い浮かべる。もちろん、酒場で最後に会ってからその姿はみていない。

「いないですよ」

「あいつの姿を見かけないのだ。マスコミの取材が待ってるというのに困りものだ」

 キングは眉をしかめた。

「そんなに大事なら綱でもつけておけ」

 ビッグスが小声で悪態をついた。

「とにかく分かった。それでは健闘を祈るぞ、スキルなしども。定期連絡がないと死んだとみなすからそのつもりで」

 そう言ってキングはにへらっと笑った。

「もうヤダ、キングったら〜」

 女の嬌声きょうせいを残して、通信は途切れた。

 うらやましくなんかないぞ、ちくしょう。


 キングのアドバイスに従い、シェルパを雇うことにした。町の大通りにあるシェルパの集うカフェに行った。店内は薄暗く、男たちが水タバコを蒸していた。

「何の用だ?」

 ぶっきらぼうな声で、店員が迎えた。

「山岳案内を願いたい」

 俺は言った。

「いいだろう。お前さんたちはどこまで登るつもりだ」

「えーと」

「もちろん、頂上までです!」

 クロードはきっぱりと言った。

「なんだって。山頂までとは狂気の沙汰だぜ」

 店内中を見回して、男は「頂上までの道のりを歩きたいやつはいるか」とたずねた。誰もが気だるげな顔で煙をふかすばかりで、無反応だった。いや、二名ほど手を上げたものがいた。

「運のいい奴らだ。命知らずのシェルパが二人ほどいたぜ」


 山頂までの冒険を買って出たシェルパ二人とあいさつを交わした。

「僕はレイニー。よろしく。あなたたちの命がけの冒険に付き合うとする」カエル顔の男が言った。

「僕はバニヤン。よろしく。山の精霊に誓って山頂までの道のりをともにする」うさぎ耳の男が言った。

「なんか珍妙な奴らじゃの。腕は細っこいし大丈夫か?」

 ビッグスは不安な顔を浮かべた。

「ふたりとも、この高地に住む山岳民族の出身ということでした。何でも魔の山の四号目にある町の出だとか。頼れる味方です」

 クロードが言った。

「私たちは食事は自分たちで持ちます。それから戦闘行為にはくみしません。魔獣などに襲われた時には協力もやぶさかではないですが。とにかく山岳案内以外の仕事には基本的に立ち入らないのでそのつもりで」

 レイニーが言った。

「分かった」

「アドバイスですが、その薄着では行き倒れます。もっと厚手のコートをそろえた方がいいでしょう。毛皮防具専門の店があります。それから荷運びにロバの調達もした方がいいですね」

 バニヤンが言った。

「うう、結構出費がかさむな」

 二千ドラーもの大金を手にしたのも虚しく、財布は見る間にからになっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る