第29話 魔の山温泉

 ハ――――――ックションンンンン!

 雪山に俺のくしゃみが響き渡った。

「さ、さささ、寒い」

 雪山で全身を水洗いした結果、全身が寒くなりました。当然だね。でも生きるためだから仕方ないね。

 さっきシェルパの二人が作ってくれたお茶も飲んだが、依然寒いままだ。

「お湯を作成する魔術も覚えておけばよかった……」

「後悔ばかりじゃの、お前の魔術師人生は」

 さすがのビッグスも心配そうに見やってきた。

「おいらを抱きしめたらいいよ。あったかいよ」

 ミルズは顔を赤らめながら言った。

「気持ちだけ受け取っておくよ」

「ニオイがする」

 ワンドルが言った。

「悪かったな。俺に付着した血の臭いだ」

「違う。血じゃない。温泉のニオイ」

「ワンドル殿、それは本当ですか」

 クロードが言った。

「うん。こっち」

 ワンドルについていくと、確かに硫黄を含んだやわらかなニオイがしはじめた。やがて、目の前にほかほかと湯気を立てる温泉が姿を現した。

「なんだよこれ、渡りに船じゃねえか!」


 男衆は服を脱ぎ、温泉に飛び込む。その手には、水で薄めたブランデーのなみなみ注がれたコップ。温泉に浸かりながら酒を飲むのは国が違っても、世界が違っても共通の文化のようだ。

「カンパーイ!」

 木のコップをぶつけ合い、男たちは酒を口に運ぶ。

「ああ、気持ちがいい。温泉に酒。最高の組み合わせです」クロードは顔をほてらせながら言った。「じわじわと体が芯から温まっていく」

「ふう。たまらん。山奥で温泉。これほど至高の体験があるじゃろうか?」

「五合目付近もよく調査はしているのですが、ここに温泉があるとは知りませんでした」

 首まで浸かりながらレイニーが言った。

「本当に。ワンドルさんに感謝ですね。今後鼻のきく犬妖精コボルドの方をシェルパに雇うのもいいかもしれない」

 赤ら顔でバニヤンは言った。

硫黄いおう泉質だな。こいつはシビれるぜ。あー酒が飲みてえ」

 ドンクも幸せそうだ。

「ところで、ホッシーはまだ体を洗っているのかい? そろそろいいんじゃないの? 体冷えちゃうよ」

 ミルズが言った。

「もうとっくに冷えてるからいいんだよ。それより、温泉を汚さないように徹底的に体の隅々まで洗わないとな! それに限らず俺は銭湯に行ったらまず体をきれいにせずにはいられないタイプなんだよ!」

 ふもとの町で買ってきた石鹸を手に、俺はゴシゴシ体を洗う。無論、体に染みついた血の匂いが取れるまで洗う。

「ホッシー殿にはなにか並々ならぬ温泉の流儀がある様子。ミルズ殿、そっとしておきましょう」

「ちぇー。変なホッシー」


 頭のてっぺんから足指の爪の先まで磨き切った。今こそ、準備オーケー。

「さあ、満を持して浸かるぞぉ」

 ニオイからして泉質は硫黄。色は濃い緑色。今度は四十度から五十度と言ったところで多少熱い。とても熱いのだが、外気が冷たい分、熱ければ熱いほどいい。

 こいつらみたいに温泉にダイビングするなどという愚行はおかさない。湯には片足ずつ静かに入るものだ。

 おっ。

 じわじわと体に熱が染み入っていく。まるで大自然のエネルギーが湯を通して体に入り込んでくるかのようだ。

「ああ、冷え切った体が温め直されていくッ……」

「ホッシー殿、ブランデーですよ」

 クロードからコップを受け取る。温泉で飲むなら日本酒といったインプリンティングがなされている俺だが、代わりのブランデーを飲むのもやぶさかではない。そのままでは度数が高い酒を薄めて飲みやすくしてくれる気遣いもうれしい。

「いいな、コレ」

 ごつごつした岩の背もたれに背中を預け、全身をつからせる。口元まで湯に沈む。日は暮れて、空には星が出ている。チラチラと雪のかけらが空から舞い降りてくる。

「景色も最高じゃないか。まさに絶景じゃん。撮影してインスタにアップしたいくらいだ。インスタやってなかったけど」

「ふう。では私はそろそろ上がるとしましょうか」

 クロードがざばっと立ち上がった。

「わしも」

「おいらも」

「…………」

 仲間の連中もシェルパも立ち上がった。

「えっ⁉︎もう上がっちゃうのかよ。付き合い悪いな」

「ホッシー殿には申し訳ありませんが、もう十分に温まりましたもので」

「ごめんね。でも、ホッシーもあんまり長く浸かってるとクラクラしちゃうよ」

「それもそうだな」

「まあ、お主は温泉好きのようだし、ゆっくり入ってくるのがいい。わしらは近くでキャンプと夕食の準備をしておるでな」

「そうか。よろしく頼む」

「湯当たり起こして死ぬなよ。笑えっから」

 ドンクは捨て台詞を残して、左右に体をブルブル振ってこの場を後にした。

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