第35話 勇者シンデレラ
「ちょっと、あんたたち」
口をはさんできた女がいた。魔術師のエミリーだ。メガネに三つ編み。いま思えば、シンデレラが魔王を倒した後に、酒場に引き連れてきた仲間のひとりか。
「ラブコメシーンを演じているところ悪いけどね、なんか敵っぽいヒトがいるわよ。ひとりやふたりじゃなくて、たくさん」
エミリーのいうとおりだった。たくさんいた。ざっと一千人……いや二千人か。
「絶望したくなるぐらいいるな……なんでこんなにいるんだよ」
「すごいですね。ホッシーさんひとりのためにこの人数ですよ。ホッシーさんの人望のなせるわざですよ」
「そうか? 照れるなあ?」
「ちょっと、ホッシー? あんた谷から落っこちてから喜ぶポイントおかしくなっちゃったんじゃない? あんたを狙いにかかってるのよ」
エミリーは眉尻を垂れて言った。
「ややや。これは」
男の声がした。目を向けるとそこにいたのは髭面の剣士。片手には腕と一体化した黒い剣。間違いなく剣士アダムだった。やつはあ然とした表情でシンデレラを見やっていた。
「勇者とその仲間の魔術師までご一緒とは。ホッシーどの、これまたずいぶんと心強い援軍がいたものでござるな」
「剣士アダムか。一体この人数はなんだ」
「お嬢様がなんとしてでもお主を捕らえろとのことでな。どうやら生前、お主と浅からぬ関わり合いがあったようで」
「まさかその名前はミチルってんじゃないだろうな」
「御名答。その通りでござる。てか、知っていたので?」
「知らなかったよ。当てずっぽうだよ。当たらなきゃいいなと思って言ってみただけだよ。まさか当たるとは思わなかったけどな」
「それでは、お嬢様……ミチル殿は彼女の言う通り、そなたのよき人だったでござるか?」
「そんなこと言ってたのか。まさか。その逆だよ。はっきり言って
「ほう。では拙者がついて参れと言ってもそう簡単にはついてきてくれぬだろうな」
アダムは剣をかまえた。真っ白な白銀世界に黒の剣はいっそう不気味にうつる。アダムは一瞬のうちに俺を殺せそうな距離から、こちらを見据えた。
「それはそうですよ。このわたくしがいる限り、ホッシーさんはどこにも連れて行かせはしません」
シンデレラはにっこり笑うと、全身に力を込めた。その途端、シンデレラの体は黄金色の光を放ち、着込んでいた全身を内側から破壊した。やわな錬鉄の鎧など彼女の光輝には紙くずも同然。白銀のビキニアーマーに包まれた全身があらわになった。
「これが噂に聞く勇者殿のパワーか。聞きしに勝るそのエネルギー。ははは、拙者では相手になる気がせん」
「では降伏なさい」
シンデレラはピシャリと言った。
「これまでの拙者であれば、金にならぬ戦いからはなんとしてでも逃げていたであろう。だが、この剣が私をすっかりと変えてしまってな」
アダムは剣を見せびらかした。その腕を侵食する悪魔の武器を。その黒刃はシンデレラに向けられている。
「いらぬ勇気をたき付けてくるのだ。勇者に殺されてこそ本望なのだと。逃げを許さぬと」
「剣士さん、逃げるのは卑怯なことではありませんよ」
「この剣に言ってくれ」
そういうが早いか、アダムはシンデレラに向かって飛び出した。
アダムのスキル「心眼」。
周囲360度が彼の視界も同然。
全く隙がない。
あらゆる攻撃を仕掛けようと、アダムは切り返してくるだろう。
それから「俊足」。
早い立ち回り。素早い連撃がシンデレラに繰り出される。
シンデレラはしかし、真正面からいどみかかった。
早さが違う。
その細腕から繰り広げられる一撃一撃が、アダムの攻撃を弾く。
俺の凡人の視力ではとらえきれないくらいに、ふたりの攻防は激しさを増した。
一段落ついたときには、アダムは全身傷だらけの一方、シンデレラは呼吸ひとつ乱れてはいなかった。
「まいったな。勝てる気がせぬでござる」
アダムは苦笑した。
「どうせなら殺してくれまいか」
「いいでしょう」
ひと振りだった。
無造作に剣を横に
ただそれだけで、真空波が巻き起こってアダムの剣を持つ右腕がちぎれ飛とんでいった。アダムの手を離れたその剣は、地面にぶつかって粉々に砕け散った。植木鉢から抜いた植物のようにもろかった。
「ぐぅうううっ」
アダムは雪原に倒れた。
「命までは奪いません」とシンデレラは言った。「切れた腕はお金さえあれば治療できるのがこの世界の習わし。こんな邪悪なものとは手を切って、最初からやり直すんです。あ、いまのはシャレじゃないですから」
「ちょっと面白いでござるな」
アダムは笑いながら回復用のポーションを腕の切断面にふりかけ、その後すぐに気を失った。
「どうだどうだ。見ただろ、その他のモブキャラども。お前らで勇者シンデレラ様に勝てる思ってんのか。ハーッハッハッハ!」
まるで三下キャラのごとく相手をあおる俺。ツッコミ役のミルズやクロードが不在なので、本当に三下キャラみたいになってしまっているのが我ながらシャクである。だれかツッコんでくれよ。
「我々は魔王さま及び魔王のお嬢様に忠誠を誓った身。これしきのことで引いたりはせぬ」
モブキャラの白ローブのひとりが言った。
「その通り。我々は死を恐れぬ。何者も恐れぬ。お嬢様以外はな」
別のひとりが言った。
「そうだそうだ」「死をおそれるな」「勇者シンデレラなど怖くはない」「立ち向かえ」などとその他モブ。
「あれ、なんか雲行きがおかしくなってきたな……?」
焦り出す俺。背中を冷や汗が流れる。いくらなんでもこの人数相手にシンデレラが圧勝できるのか疑問だったのだが。
「いいでしょう。わたくしたちが相手になります」
などと平然と言い放つシンデレラ。
マジで?
「久しぶりに腕がなるわね」
両手をぽきぽきさせながら前に出るエミリー。
「あんたらマジかよ!?」
こうして伝説の勇者グループと有象無象の白ローブ軍団の戦いが幕を開けた。
あらかじめ言っておくとこの戦いの幕は秒で閉じる。
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