第22話 出口

「ところで、精霊さん。あなたはここからどうやって出たらいいか知っているのかい? さっきそんなことを言っていたような」

 ミルズは聞いた。

「もちろん。何千年も監禁されていたんですもの。この壁の中央にスイッチがある。そこを押すと扉が開くの」

「本当か」

 俺たちは壁を丹念に探した。山の精霊の言う通りだった。壁と同じ色をしていたので見つけるのに苦労した。

 スイッチを押すと、両側の隠し扉が開いて、俺たちは広い通路に出た。広いばかりか、床材なんかもキラキラ光沢があってかなり高級な素材を使っているのが分かる。

「ここはきっと王侯貴族みたいな連中が使っていたんだろうな」

 俺は言った。

「おっしゃる通りです。おそらくこちらには今まであったようなトラップは存在しないでしょう。もしかしたらお宝なんかもあるかも知れません」

 クロードが言った。

「本当?」とミルズは目を輝かせた。「いいねいいね。取り尽くしやしちゃおうよ。なんなら床材だって剥ぎ取ろう」

「そんなことしてたら重くてかなわんわい」

 ビッグスは言った。

「にっくき古代帝国の遺産ですもの。どんどん略奪していきなさい」

 などと山の精霊のお墨付きをもらえた。

「精霊さん、俺たちはここからどうやって外に抜ければいいんですか?」

「ここを真っ直ぐ抜ければ、大きな扉がある。そこはもう瓦礫がれきや土砂で埋まっているから使えないと思うけど、その隣の通用口はまだ使えるはずよ。そこから空気の流れを感じるの」

 と言って笑った。

「まだ完全に支配権は失っていないのね、私。四号目のエリアぐらいまでは人や風やものの動きがつぶさに分かるわ」


 山の精霊と俺たちは、先を進む。山の精霊は光の鱗粉りんぷんをきらきらとまとわせ、ラベンダーみたいないい匂いを振りまく。

 やっぱり特殊な存在なんだ。


 王侯貴族の道は上階の迷宮とは天と地の差だった。相変わらず美しい床が続き、道幅は横十人が並んでも余るくらいに広い。天井も高く、居心地がいい。

 通路の横にはいくつか部屋があり、そこには宝箱が置かれていて、ミルズが針金を使って鍵を開けると(あるいは魔力石で物理的に破壊すると)、中からは宝石や金貨がザクザクお目見えした。

 ルビー、ダイヤモンド、サファイア、柘榴ざくろ石、瑪瑙めのう、金、銀、琥珀こはく、エメラルド、ターコイズ、アメジスト、猫目石。

 いずれも宝石としては破格の大きさだ。ミルズがさっそく金勘定をしている。強い魔力が保存され、魔力石としては破格のエネルギーを秘めている。売ってよし、アイテムとして使ってよし。だが売却してしまうには惜しい。身を飾るのもよかろう。

 俺は琥珀をもらい、あとでシンデレラにプレゼントしようとこころに決める。あの子は宝石に興味がなさそうだけど。

「さすが王侯貴族の暮らしていた場所だね。こんなに豊かな暮らしをしていたのに、どうして滅んだんだろう。それにしても、お宝を置きっぱなしだなんて。おいらならここを脱出する前に大事なものを一つ残らず持っていくけどな」

「古代人は財宝を置いて行かざるを得ない状況に直面したということか。何があったのやら」

「その頃には私はとらわれていたから分からないわね」

 山の精霊は肩をすくめた。

「古代人の滅亡はいまの魔の山の支配者と関係があるのかな?」

「分かりません。分かりませんが、魔の山の支配者設置は古代人がこの山で成し遂げたもっとも大きな事業のひとつですからね。可能性はあります」

「山頂に到達した時に明らかになるかもしれん」とビッグスは言った。「我々はなんとしてでも上に行かねばならんぞ」

「張り切ってるなあ」


 それから出口に差しかかった。

 天井まで届きそうな高さの黄金色の豪奢ごうしゃな扉があったが、山の精霊の言う通りびくともしない。きっと反対側は土に埋もれているのだろう。

 通用口は外に通じているようだった。ただし、真っ白な雪に覆われていて、俺たちが外に出るにはスコップで掘り出さねばならなかったが(なおスコップは埋もれた財宝の中に紛れるようにして置かれていた。いつの時代も雪との戦いであったのだと思われる)。

 雪を抜けると、外に出た。当然のことながら外は白銀世界だった。まだ足跡もついていない新雪があたりに広がっている。

「まるで深い山に入ってきたかのよう」

「ホッシー殿、普通に深い山におりますよ、我々は」

「冗談だよ。四号目ともなればすごい雪だな。この山を俺たちは越えられんだろうか?」

 雪を踏みしめながら長い距離を歩くのを想像してげんなりする。

「加護を与えたと言ったでしょう? あなたたちは安全にこの道行を進めるわよ」

 山の精霊の黄金の粉が量を増した。それとともに彼女の輪郭が薄くなる。

「行ってしまわれるのですか、山の精霊よ」

 ビッグスとクロードは膝をつき、こうべを垂れた。

「どこにも行かないわ。私は山そのものなのですもの。支配領域の及ぶ場所についてはね。それまでは私たちは常に一緒よ」

 そう言うと、その姿は完全に消え去った。いや視覚的に消え去ったと言うだけで、本人の言葉を借りれば山そのものになったということなのだろうが。


「さて、みんな」

 俺は仲間たちに振り向いた。雪に降り注いだ太陽のかがやきの反射をうけてその顔は輝いて見えた。

「先は長いぞ。うえを目指そう!」

「おう!」

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