第21話 山の精霊

 そこにいたのは、オリーブ色のローブをまとった少女だった。いや、少女と言ってよいのかわからない。少女に見えたし、妙齢の女性にも見えたし、中年の女性にも、老年の女性にも見えた。認識が定まらない。これはこの世のものではない存在の特徴だ。それを裏付けるように魔力がビンビンに感じられる。


「私はこの山の精霊。あの魔人の体内に閉じ込められていたの。あなたたちがあの魔人を倒したことによって開放された。お礼をいうわ」

 そう言って山の精霊はくるりと回ってみせた。蝶の鱗粉りんぷんのように、金色に輝く光の粉があたりを舞った。

「山の精霊って……この山の?」

「ええ。もう支配権を失って久しいけど、いまでもれっきとしたこの山の精霊よ」

「精霊じゃと……!? するとあなたは天地開闢てんちかいびゃくのときよりこの山を支配していたことになる。出会えることが奇跡じゃ」

「なかなか褒めてくれるわね、ドワーフさん。いいわよ、その調子」

 などと精霊は言う。ぐっと親指を立てる。調子にのるタイプのようだ。


「魔人の体内で山の精霊を隔離していた……」クロードは眉根をよせた。「ひっかかりますね。古代遺跡に住んでいたものたちは何をしようとしていたのか」

「私に支配権を失わせたかったのでしょうね。そして何者かにこの山の支配権を移譲したかったのよ」

「ふうん。それって人間があなたに成り代わったってことか?」

「違うわ。人間や妖精ふぜい――失礼、表現が悪かったわね――人間や妖精では精霊の代わりにはならない。もっと霊的に高等な存在――例えば神――でないといけない」

「では、今は誰がこの魔の山を支配しているんだ?」

「残念だけど、私にはわからないわね。でもきっと以前この山を支配していた時のなごりなのでしょうね、なんとなく実態のようなものが見える。生き物でもなければ、死者でもない。精霊でも神でもない。異形のものよ。そいつは山頂に君臨している。古代人に操られたヴィヒクスがそいつを連れて行ったようだわ」

「謎かけのようだ。果たしてそいつは何者なんだろう」

 ワンドルはうーむと考えた。


「ねえ、精霊さん精霊さん」

 ミルズはウインクしてみせた。

「さっきお礼をするったのをおいら聞いちゃったんだけど。できればおいらこれがいいんだけどなあ」

 ミルズは親指と人差指で丸を作り、ぺろりと舌を出す。

「お金ってことね?」

「もう率直なんだから。でも話が早いのはおいらキライじゃないよ」

「申し訳ないけど、金目のもので応えることはできないわ。お金はわたしが持っているものではないもの」

「失礼、山の精霊殿。私はここは金山とお聞きしたのですが、そうではないのですか? ドワーフが鉱山を掘ったと」

「金ではなく黄銅。似て非なるものね。それも古代人が取り尽くしてしまったみたい。残念ながらそれすらも上げることはできないわね」

「なんだよそれー」

 ミルズはがっくりとうなだれた。


「山の精霊よ。鍛冶かじ妖精として、わしは敬意を払う」

 ビッグスは膝をついた。

「わしらは山頂を目指すもの。そこに行けば、現在の山の支配者に会うことができるだろう。それが叶ったのなら、あなたに真実を告げると誓う。いかなるものが魔の山を支配しているのかつまびらかにする。山頂へ向かうわしらのために、我々に力を授けてくださらぬか」

 などとファンタジー小説めいた長いセリフを口にする。

「それなら容易いわ」

 山の妖精はビッグスのそばに寄り添うと、その額にキスをした。唇の触れたところが、真珠色に輝いた。美しく優しい輝きだった。

「精霊の……加護ですか……」

「あなたがたが雪山でつらい目に合わないよう加護をもたらします。あなた方は寒さに強くなるでしょう。それから空気の少ない場所でも元気を保っていられるでしょう。これが私のしてあげられる精いっぱいです」

 それから山の精霊は俺たちひとりひとりの額にキスを授けた。緊張した俺に精霊はほほ笑みかけた。

「リラックスしなさい。転生者の男子」

 そういって精霊の唇が俺の額にふれた。その感触はやわらかで、ふわりとしていた。奇跡の力なのか、全身があつくなった。肉体の傷や疲れといったものが消え去り、うそのように体が軽くなる。

「奇跡の力か……」

 どうみても少女にしか見えない大人の女性は俺にほほえみを返していた。

「スキルもないのに、山を目指す無謀なみなさんに祝福あれ」

 精霊は満面の笑みを浮かべた。

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