幕間4 全身鎧のひと
がちゃがちゃ鎧の音を立てながら、白雪の積もった石畳のうえを通りを歩く。ひとしきり降っていた雪はやんで、太陽が顔を出していた。もし鎧を着ていなければ、全身でそのぬくもりを味わいたいものだと思う。
宿へと向かう最中、毛皮姿の大勢の顔見知りとすれ違った。
「あら、タナトスさん。この前はキノコをとってきてくれてありがとう。早速うちの店で提供することにしたから今夜にでも来てちょうだいな。とびっきり美味しいシチューをごちそうしちゃうんだから。もちろんお代はいただかないわ」
「よう、タナトス。散歩か? これさっき店で買った揚げパンだよ。ひとつもってけ。いらないだって? 遠慮すんな。お前には魔獣から助けてもらったんだ。これぐらいのことはさせてくれよ。さ、持っていけ」
「タナトス兄ちゃん、今度はいつ遊んでくれるんだい? 冒険の話聞かせてよ! 最近は兄ちゃん忙しそうにしてさ。やっぱりこの村を離れてお山にいっちゃうのかい? さびしくなるなあ……」
この「四合目の村」に来てから一週間が経過していた。いつの間にか、多くの顔見知りができていた。わたくしはこの村が好きになった。二百人足らずの小さな村ながらも、魔の山の頂上に向かう途中にあるので、旅人も多く村はにぎわいをみせている。村人たちは山育ちだけあってどこかたくましい。シェルパになる人も大勢いるらしい。
「む。鎧の男……死の騎士タナトスか」
「気をつけろ。後ろから斬られかねん」
一方で、裏町にたまっているようなならず者さんたちはわたくしのことを敵視しているのだった。きっと彼らの企みを暴いたり、お嬢さんたちを襲うのを阻止したりしたせいだろう。
宿についた。玄関でほうきがけをしていた宿のご主人に声を掛けると、ご主人はウインクを返してきた。
「よう、タナトス、きょうも男前だな。顔がわからないって? いやわかるよ。お前は超絶イケメンフェイスだよ。ご婦人方のもっぱらの噂だ」
「ただいま戻りました」
ドアを開けると、ベッドの上に横たわっていたエミリーさんがちらりとわたくしに視線を向けた。手元に投げ出された読みかけの本、それから露天で売られているスナック菓子。メガネの向こうの眠たげなまなざしが私に向けられていた。
「おかえり、死の騎士タナトス。きょうもお疲れ様。きょうは何してきたの」
「きょうはホッシーさんたちを待って四合目にあるという古代のダンジョンの出口を探してきたのですが、見つかりませんでした。お宝の眠るダンジョンがあるという噂は本当だったのでしょうか? 入口は発見したのですけれど」
「じゃあ、いまごろ野垂れ死んでいるんじゃない?」
「そんな」
嫌な想像が頭をよぎる。ホッシーさんはじめ、クロードさん、ビッグスさん、ミルズさん、ワンドルさんが折り重なって鉱山ガスなんかのダメージで倒れ伏している姿を思いうかべてしまう。
「わたくしのせい……になっちゃうの……? そんな……!」
「冗談よ。すぐ本気にするんだから。あいつらは大丈夫でしょう。なんだかんだで悪運の持ち主だと思うのよ」
「もう、エミリーさん脅かさないで下さい」
「それはいいからその暑苦しい鎧を脱いでしまいなさい」
言われたとおりにして、私は円筒形のマスクを外した。頭を振って、汗を吸った髪をなびかせる。鎧戸の隙間をぬって差し込んできた日差しが、わたくしの蒸気と化した汗を浮かび上がらせる。きょうはたくさん歩いて、たくさん汗をかいてしまった。
「いつ見てもいい顔してるわね。あなた。本当に美人」
「もう、エミリーさんからかわないで下さい」
「全身鎧で身を固めているのがもったいないわ。あなたの素敵なボディとともにあなたの顔は万人に見せつけるべきよ、タナトス」
「わたくしなんてそんなタイプではないですよ。鎧を着ているとなぜか男性に間違えられてしまって。素性を隠すには都合がいいことではあるのですけれど。ただ、わたくしってそんなに男性っぽいのかなあって思うと少し複雑だったりします」
全身鎧を外す。
わたしのトレードマークとも言える白銀のビキニアーマー姿になる。
「思えば鎧の下に鎧着ているのね。大変ね、あなたも」
「いいえ、これぐらいの苦労、ホッシーさんたちの苦労に比べれば」
「そういう苦労を買ってでる苦労性の性格を私はおもんばかっているのだけどね。思えばこんな山奥にまで来ちゃったりして」
エミリーさんはベッドの上で半身を起こすと、魔法のステッキを手に取り、部屋のなかで干していた手ぬぐいを二つふわふわと浮かび上がらせ、手元に引き寄せた。
「お風呂で汗流しましょ。お湯の準備はできてるわ」
それからわたくしたちは
「はあああ。寒い冬山を歩いてきた帰りにつかるお湯は最高です」
「神聖魔術だけじゃなく、熱操作の術に長けた私に感謝しなさい」
「本当、感謝感謝です」
「ねえ、そろそろ本当のことを聞かせなさいよ」
エミリーさんはいたずらっぽい表情を作って言いました。
「本当のこと? なんのことですか?」
「この冒険に出た本当の理由よ。私はなにか目的があって来ていると思っているのだけれど」
「目的? それは決まっています。ホッシーさんたちをたき付けてしまった手前、こうして影から見守り魔の山踏破を助けるためです」
「本当かしら」
眠たげな両目にキラリとひかりが宿った。
「本当はそのホッシーという男に恋をしているのではなくて? そういう不純な目的の旅なのでしょう?」
「え?」
意外なことを指摘された。エミリーさんの口から、ホッシーさんの名前がでるとは思ってもいなかったので、私は慌てた。
「そ、そ、そ、そんなことないですよ!」
「その慌てぶり。魔王討伐のときにも見たことのない表情だわ。どうやら図星のようね」
「違います、私にとってホッシーさんはそういう対象ではなく……!」
「そういう対象じゃなかったらどうだっていうの?」
「それは……! 違うったら違うんです!」
「ちょっと、浴槽の中で暴れないでしょ。お湯が全部外にこぼれちゃうわ」
エミリーさんはそう言いながらも楽しそうにしていた。この人はもう、意地悪なんだから。
実をいうと、ホッシーさんの表情を思い浮かべているだけで、なんだかドキドキが止まらなくなってくる。
いつからだろう、こんな風に考えるようになったのは。
具体的には、ふもとの町で夜に再会したときからだった。彼は困っている子どもさんを助けようとしていた。思ったよりも優しい人なんだと思うと、好感が増したのだけれど、その時からことごとく頭の片隅に彼の表情が浮かぶようになった。
これは恋なのだろうか?
そう気づくのに時間はかからなかった。
だけど、わたくしはサポート役に徹することに決めたはずだ。
そんな不純なことを考えてはいけないのだ……!
「どうしたの、ぼーっとしているわよ」
「い、いえ。なんでもありません。それより熱くなってきましたね。そろそろ出ましょうか」
「そうしましょう。夕食はシチューの美味しいお店に行きたいわ。奢ってよね」
「もちろんです。いただいたお湯のお返しをしますから」
「頼りにしているわよ、シンデレラ・シルバーレイク」
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