第6話 道行き

 どこかで俺たちを狙うオオガラスがぎゃーっと死霊みたいな鳴き声をあげた。

 鬱蒼うっそうとした森は木の根が地面から張り出していて歩きにくく、木の幹から伸びた枝が行く手をはばんだ。


「皆さん、どうしたのです? このままでは日が暮れてしまいますよ。さあさあ行きましょう。えいえいおー!」

 クロードは歌うように言った。

「誰じゃ、あいつの提案に乗ると言ったやつは」

 ビッグスが憎々しげに言った。

「お前も同意してただろ。森を抜けるのが最寄りの街への近道だって言われたらすぐ飛びついて」

「うるさいわ、ホッシー。こんな大変な道行になるとは知らなんだ」

「ああ、本当だよ」


 森妖精ことエルフにかかれば、森は庭のようなもの。だが、それ以外の連中としては困難でしかないのだ。

「おいらたちは、そんなに苦でもないかな。ね、ワンドル」

「…………」

 小人妖精ことホビットのミルズ。犬妖精ことコボルドのワンドル。装備が軽く小柄な体躯のふたりにとっては森の中もさほど大変そうではなかった。

 かくして人間の俺と鍛冶妖精であるドワーフのビッグスは、苦労しいしい森を進んでいくことになった。


「お二人とも、道幅が広くなってきました。里のある場所に近づいています。もうひと頑張りですよ」

「本当か⁉︎」

 しばらく歩いていると、クロードの言う通りの光景が広がってきた。歩きづらい道は終わり、ようやく人間やドワーフに優しい平坦な道のりが見えてきた。

「苦労した甲斐があったの。見ろ、まだ日も暮れておらん。一両日歩かなきゃいけないところをだいぶ短縮になったわい」

「あっ、みんな、行く先に泉があるよ!」

 ミルズが歓声をあげた。

「ちょうどいい。ここらで休憩にするか」

「…………」

 ワンドルは無言でしっぽを左右に振った。


 泉にたどり着いた。泉は目の覚めるようなターコイズブルー。うっとりするような美しさだった。水辺には小鳥たちが遊び、色とりどりの花が咲いている。まさしく絶景というやつだ。

 俺たちは顔を洗い、水を飲む。冷たかったが、味は甘露かんろそのものでここまでの苦労が報われる。

「ああ、最高だな」

「あはは、ワンドル、こっちにおいで」

「ワンワンッ!」

 たまらず泉で水遊びするミルズとワンドル。穏やかな一幕であった。


 切り株に座って弁当を広げる。ミーナ特製の厚切りベーコンのサンドイッチ。粒マスタードとバターの香りが食欲をそそった。俺たちは矢も盾もたまらずかぶりつく。

「おいしい!」

 ミルズが笑顔を咲かせた。

「うん。うまいな。ああ、パンの付け合せにコーヒーがほしいところだ」

「コーヒー? なにそれ? うまいの?」

「ああ、うまいぞ。黒くて苦くて酸味もあって最高なんだ」

「あんまりおいしそうに感じないんだけど……?」

 パンを食べているとコーヒーが飲みたくなるのは転生者の悪い癖だ。残念ながらこの世界にまだコーヒーは普及していない。こんな自然の中で味わうことができたら最高なんだけどな。


 楽しい時間はいつまでも続かない。泉の水面に影が差し込んできた。

 物陰から複数の男たちが姿を現した。顔に傷のある者、にやにや笑いを浮かべる者、憤怒の表情を浮かべてくる者。手に手に剣や斧を持っている。俺たちの周りを囲むようにそぞろ歩いてきた。

「ホッシー殿。こやつらは」

「ああ。どう見ても水浴びに来たって感じじゃなさそうだな。ここはごろつきの縄張りというわけか」

 俺たちも武器を抜く。

 俺は錫杖ワンドを、クロードは弓を。


 人垣の奥からスキンヘッドの男が現れた。瞠目どうもくすべきはやつが手に持った黒刃の剣。その刀身は日の光をまるで反射しておらず、ただならぬ武器であることがうかがえた。

「人間が一匹、エルフが一匹。こりゃいい。金になる。それからドワーフ、ホビット、ワン公が一匹ずつ。まあ、こいつらに売り先がないこともない」

 なにやら俺たちを値踏みしている。間違いない、人攫ひとさらいだ。

「親方、あのホビットの女はオレにくれ」ひときわ体格のある奴がミルズに欲情の視線を向けた。「オレの好みだぜ」

「お、おいらは男の子だぞ」

 ミルズは唇を震わせた。

「なんだって? フヒヒ、ますますいいじゃねえか」

 その男は全身を震わせた。


「おい、武器を置け。怪我したくなきゃ、大人しくついて来い。さっさとな」

 スキンヘッドが言った。

「わしらを舐めておるのか? 怪我するのはそっちの方じゃわい」

 額に青筋を立てて、ビッグスが言った。

「反抗的なやつらめ。こりゃ。少し痛めつける必要がありそうだな」

 スキンヘッドは右手をあげた。俺たちを囲むものの中には弓を持った奴らがいる。きっとあの右手が下ろされた時が「放て」の合図だ。

「やれ」

 スキンヘッドの右手が下がった。


皮膚硬化エンチャント!」

 俺は叫んだ。さきほどから――やつらが近づいてきたころから――錫杖にたくわえていた魔力を解放する。

 杖の先から青白い光がほとばしり、俺たち五人を包み込む。

 直後に飛んできた矢は、俺たちの肌の表面をなでて、地面へと落ちた。

 いまの魔術で俺たちの皮膚はめちゃくちゃ硬くなっている。粗雑な金属製のヤジリごとき脅威ではなくなる。

「行けえ!」


「おう!」

 ビッグスが飛び出した。放たれた矢を弾き飛ばしながら、敵へと接近する。戦斧を振り上げ、構えた武器ごと敵をぶっ叩いた。

「…………!」

 その背後を追いかけるように躍り出たのはワンドルだった。素早い身のこなしで、飛んできた矢を避け、振り下ろされた刃をかわし、敵の懐に入り込むと、敵の心臓に槍の先端を突き立てた。


「くそ、こいつら」

 スキンヘッドが歯がみした。

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