第5話 出発の朝

 まだ明けきらない街。昨晩の夜のにぎわいの名残を抱いて、街は眠りについている。投げ捨てられた空き瓶。タバコの吸殻。道端に寝っ転がっている酔っ払い。酔っ払いに小便を浴びせる野良犬。

 荷物入れの革袋を背負った俺は、あくびをひとつしながら、レンガ敷の広場へと足を進める。


「眠てえ」

 思えば向こうでサラリーマンをやっているころから朝起きるのは苦手だった。転生して冒険者やってからは夕方まで眠ってることが多かったし、こうして朝早く起きられたことは奇跡に近い。

「誰もいねえ。一番乗りか?」

 そう思った矢先、背後から肩を叩かれた。この背の高いシルエットはエルフの姿に間違いない。

「おはようございます、ホッシー殿。その顔はよく眠れなかったようですね」

「クロード。おはよう。ったく、朝の早い時間に出発なんて勘弁してほしいよ」

「そういえば、我々は夜以外に会ったことがありませんな。さしずめ我々の初めての朝ということになりますね」

 クロードは顔を赤らめた。なんかやめてくれ、その言い方。


「やっ。お二人さん」

 物陰から姿を現したのはミルズだ。自分の背丈より大きなリュックサックを背負っていた。

「わあ、ホッシー。目の下、すごいクマだよ。ちゃんと眠れた?」

「まあな。でも眠たいのはいつものことだから気にしないでくれ」

「そうなんだ。寝起きのホッシーを見るのは初めてだよ、そうえいばさ、いまこの瞬間っておいらたちの初めての朝なんだね」

 ミルズは顔を赤らめた。お前もその言い方かよ。もうちょっと言葉選べよ。

「へへ。みんなと冒険できるのってうれしいな。おいらは大家族の出身なんだ。みんなといると故郷の家族のことを思い出せるんだよ」

「そいつはよかった」


 そのうち、ビッグスとワンドルも集まってきた。ビッグスは大きな戦斧バトルアックスに丸型の盾。ワンドルは自分の背丈よりも高い槍を携えてきた。

「さすが我らがパーティーの前衛チーム。気合入ってるじゃないか」

「大きなお世話じゃ。それより魔術師ホッシーよ。お前は魔術杖などは持っていないのか?」

 ビッグスがたずねた。

「俺はいかにもな魔術杖は持ってないよ。俺のはコレさ」

 ベルトに提げた鞘から、銀色の錫杖ワンドを抜き取る。貯金をはたいて旅の行商人から買ったシンプルなデザインの錫杖。六十センチ程度のコンパクトサイズ。魔術を使うときに使ってよし、殴るときに使ってよし。ツーウェイでの使用が可能だ。

「カッコいいだろ?」

「うーん。お前のテンションを下げる気はないんだがの、鍛冶妖精であるところのドワーフのわしからみて、加工が甘いというか……パチモンっぽいというか」

「そうかよ。見せるんじゃなかったよ!」

 くそー。パチモンつかまされた可能性がでてきやがった。高かったのに。


 ちょうど太陽が顔をのぞかせると同時に、キング・ザ・ブルの巨体が姿を見せた。ウエイトレスのミーナたち酒場のスタッフも一緒だっだ。ミーナは朝も早くからエプロンドレス姿だった。

「おう、スキルなしども、集まったな。出発の朝だ。気合は十分か?」

 キングは足元がふらついている。

「酔っ払ってますね。もしかして、今まで飲んでました?」

「そりゃあな。プロデューサーとして勇者グループの頑張りをねぎらってやるのも必要だろう。なんせ奴らは魔王を倒してきたんだ」


「そうですか。ところで勇者といえば、シンデレラは来ていないんですか?」

「シンデレラ? そういや夜半から姿が見えないな」

「あの子ならドワーフのスロープのところに行くって。あの鎧鍛冶の。仕事の依頼をすると言っていたわ。スロープってほら、夜行性だし」

 ミーナが言った。

「仕事の依頼? 最強の鎧を持ってるやつが、別の鎧でもつくる気か?」

「さあ……?」

「来ていないんだ……」

 俺はため息をついた。

 一抹いちまつのさびしさが胸に去来する。俺たちの冒険に義務感のようなものを持っていた彼女だ。顔ぐらい見せてくれると思ったのだ。

 あれ? 俺はあの子のこと好きになりかけてたのかも知れん。


「みんなにお弁当作ってきてあげたわよ。これ食べて頑張ってね」

 ミーナがバスケットケースをそれぞれに手渡す。

「ふ、ふん。ありがたくもらってやる」

 ビッグスは顔を赤らめながら受け取った。

「…………」

 ワンドルはしっぽをふりふり受け取った。

「すまないね、気を使ってもらって」

「いいのよ。冒険に乗り出すあんたたちを応援したいのよ。頑張ってね!」


「そういえばそういえば! おっちゃん、おっちゃん。資金援助してくれるんだろ? 早く見たいなあ、金ピカに光るやつ」

 品を作ってミルズが言った。

「そうだな。おい、金だ。持って来い」

 ミルズがぱちんと指を鳴らすと、どこからか黒服姿の男たちが姿を現した。手には金貨が詰まっていると思しき麻袋を持っている。

「持っていけ。援助金だ。二千ドラーある」

「えっ、二千ドラーもいただけるんですか?」

 クロードが歓声を上げた。

「えっ、二千ドラーぽっちしかくれないのかよ?」

 ミルズが唇をとがらせた。

「それだけありゃ足りるだろ」

「チェッ。困難な事業に乗り出すのにさあ、もうちょっと色つけてくれてもいいじゃん」

「それ以上は出せねえな」

「しょうがないって、ミルズ。ありがたく受け取っておこうぜ」

 スキルなしで実績もない俺たちにとっては二千ドラーは大金だ。とはいえ困難な事業に乗り出す援助金としては破格の安さだ。よくも悪くも俺たちにつけられる価値はそれが精いっぱいってところなんだろう。

「山のふもとの街にいけば、いい装備品が買える。そこで山に備えることだな。じゃあな。健闘を祈るぜ。冒険者ども!」

 キングは親指を立てた。

「頑張ってね。元気な顔で帰ってくるのを待っているわ」

 ミーナは手を振った。


 金貨を背負い、街の外につながる街道に足を進めたときのことだった。

「む?」

 クロードがぴたりと足を止めた。

「どうした? なにか忘れ物か?」

「なにか視線を感じたのです。誰かに見られているような」

 そのエルフ特有の切れ長の目が鋭さをます。俺は息を呑んだ。

「誰かいるのか?」

 俺はきょろきょろと周囲を巡らせた。いつもの朝の光景が広がっていた。日が昇って、商店主たちが起き出し開店作業を始めている。パン屋からは香ばしい匂いが漂ってくる。怪しいやつはどこにも見当たらない。

「どうやら気のせいのようですね」

「なんだ。人騒がせな」

 俺たちは再び歩きはじめた。

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