第7話 VS人さらい

 事態は乱戦の様相を呈してきた。矢を使ってた奴らは近接戦闘に切り替え、剣や斧を持っていどみかかってくる。

 これなら硬い皮膚を突き破って傷を負わせることができると考えたに違いない。確かにさすがの俺の魔術でもこれには無傷でいられるというわけにはいかない。


「ミルズ殿、気をつけて!」

 クロードが叫んだ。

 ミルズは前後からはさみ撃ちにあう。敵の武器から身を避けると、トンボを切って宙に浮かび上がった。

 標的を失った前後の野郎どもがお互いの体に衝突し合う。

 それからミルズはうちひとりの背中に飛び乗ると、首筋に向かって思いっきりナイフを差し込んだ。

 断末魔の悲鳴が上がった。そいつはさっきミルズを挑発してきた大男だった。

「ざまあみろ!」


 複数人を相手にすることになったのはクロードだ。

「エルフは金持ちに高く売れる。そいつだけは絶対にさらっていくぞー!」

 スキンヘッドが叫んだ。

「やれやれ、森の中でエルフを相手に戦おうとは」クロードは苦笑した。「正気ですか、あなたたちは」

 クロードの姿が消えた。少なくともそいつらにはそう映ったに違いない。

 森はエルフに味方する。木々の葉が彼の姿を覆い隠す。どこに消えた? 敵がきょろきょろしている間にクロードはあっという間に木のてっぺんに登っていた。そしてその上から矢を射った。矢は正確にやつらの急所を射抜いていた。

 クロードはタカのように獰猛な目つきをして、次なる敵に狙いをつける。

「ウッ」

 あっという間にまた別のひとりを討ち取った。


「こいつら強えぞ!」

 人攫いの間に動揺が広がる。何人かは色をなして逃げ出していった。

「騒ぐんじゃねえ」

 スキンヘッドが一喝した。

「俺にはこの剣がある。野郎ども、忘れたか」

 オオオ! スキンヘッドの持っている剣が不気味に鳴動した。剣が濃密な魔力を帯びる。じわじわと大きく膨れ上がる。

「まずいぞこれ」

 俺は再び錫杖に魔力を込めた。


「オラァ!」

 スキンヘッドが黒い剣で空を切った直後、黒い波動が俺たちに押し寄せた。

魔法障壁マジックバリア!」

 半円状の黄色い光が俺たちを包みこんだ。

 なんとかバリアを展開したはいいが、相手の放った魔力の強さに防御が間に合わない。俺たちは威力に押されて地面に倒された。

「うわぁぁぁぁ!」

「ははっ。どうだ。ゴミどもめ!」

 スキンヘッドは得意げに顔を歪めた。

 剣に再び魔力がこめられる。

 次なる一撃をうけたらさっきのように防ぎきれない。


 男が剣を振り上げたその瞬間、木の上からクロードのムチが伸びてきて、剣をからめとった。

「あれ?」

 手が空っぽになったスキンヘッドは、魔の抜けた声を出した。

「ふむふむ。これは興味深い。闇の魔力を感じます。あなたどこでこれを?」

「返せ!」

 スキンヘッドは叫ぶが、クロードは首を傾げてニコニコ顔を返すばかり。そして、ビッグスの戦斧の柄がその頭に直撃した。


「親方もだめだ! 逃げるぞ!」

 部下連中はしっぽを巻いて逃げ出す。

「ひとりも逃すな!」

 ビッグスも、クロードも、ミルズも、ワンドルも、武器を振るって敵に襲いかかった。

 この俺も錫杖を手に立ち回る。錫杖が敵の頭を突き、その体を地に沈めた。こりゃイケるなと思ったその瞬間、錫杖は真ん中からポッキリ折れた。ちくしょー、やっぱりパチモンじゃねーか!


 人攫いどもは大方が逃げるか倒れるかしていた。

「よし、縛り上げるぞ」

 道具袋から縄を取り出し、人攫い一人ひとりを岩や木にくくりつけた。連中の武器・防具を拾い、使えそうかどうかを確かめる。ミルズは倒れたやつらの体をまさぐり、財布を探している。

「よし、この剣は刃こぼれしてないし売れそうだな」

「傷薬持ってる奴がいたよ!」

 読者諸兄のなかには、何でハイエナみたいな真似をしているんだとお怒りになる方もいらっしゃるかもしれない。

 俺だってできればこんな姿見せたくなかった。

 だが、戦闘後の略奪風景こそファンタジー世界の偽らざる姿なのだ。

 語られないだけで、きっと××マや××ルといった名だたるライトノベルの主人公たちもヤッてるに違いないよ。×ルくんとかも。


「何だろうな、この不気味な剣は」

 ひとしきり金や金目のものを集めたあとで、俺たちはスキンヘッドの持っていた黒い剣を検分した。

「見てください、ホッシー殿。握りの部分に針のようなものが迫り出しています。こうして剣を持つものの血を吸い取り、そうすることで魔力を生み出す仕掛けのようです」

 見れば、握りの部分はねっとりした赤黒い液体が付着していた。

「気持ち悪っ!」

「これは。間違いない。ダークドワーフの手によるものだ」とビッグスは言った。

「ダークドワーフ?」

「ああ、邪悪に落ちたドワーフ族のことよ。やつらは呪われた武器を製造する。その武器は所有者を魅了し魔に落とす」


「それにしても、こんな大それたものをこの男は一体どこで手に入れたんだ?」

 気絶していた男を揺り起こし、尋問してみるが、

「客にもらったんだよ!」

 としか言わない。

「お前らのいう客とは、つまり奴隷を買うような物騒な連中じゃな。そいつら何者だ?」

「知らねえ。客のことなんてな、知っておかないほうがいいんだよ。それが人さらいの知恵ってもんさ」

 スキンヘッドは言った。

「拷問してみるか?」

「そうだね。ワンドル」

「ワン!」

 ミルズの言葉に、ワンドルはスキンヘッドの顔面にげんこつを叩き込んだ。二発、三発と容赦がない。スキンヘッドの顔は前歯が折れ、口の端から血の糸を引き、まぶたは腫れてひどい状態になった。

「や、やめろ! 本当に知らねえんだ!」

 半分泣いたような声でスキンヘッドが言った。

「…………」

 それでもワンドルは殴る。コーギーみたいなかわいい顔をしてやることがエグい。やらせてるのは俺だけど。

「ストップだ、ワンドル。この迫真っぷりは演技じゃない」

「ワン」

 スキンヘッドは気を失った。

 読者諸兄、本当に主人公っぽくなくてすまん。催眠系の魔術だったり、真実を判定する魔術だったりは、俺、身につけてないんだ。


「ビッグス、その剣どうするの?」

 ミルズがたずねた。

「消滅させる。邪悪な武器の存在をそのままにしておくわけにはいかん。幸い儀式は心得ておる。近くの村の鍛冶場を借りて剣そのものを浄化させる」

「魔王が滅びたばっかりだと言うのに、不吉な武器が出回るなど、幸先の悪い話ですね」

 クロードは言った。

 確かにその通りだ。

 世界を破滅に導こうとしているやつらがまだ存在している。世界が平和になるにはまだまだ長い時間が必要になりそうだ。


「た……助けてくれえ」

 茂みの向こうから声が聞こえてきた。

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