第31話 邪教団
強い吹雪が吹きつける。ホワイトアウト寸前の視界の中、山道を登る。精霊の加護で雪の上をすべって進めるとは言え、シェルパやロバにも気を使わないと行けない。仲間たち同士でより集まり、雪に耐えながら、山道を登った。
あまりに雪がひどい時は、簡易なかまくらを作り上げ、中で一休みする。外の寒さに比べればかまくらのなかはとてもあたたかい。そこで干し肉や黒パンを食べたり、ブランデーを回し飲みした。ときには湯を沸かし、スープや茶を作って飲んだ。
雪が晴れたら登山を再開する。
シールドゲーターぐらいならなんとかなるが、キングモンキーは素通りする。
そうやって少しずつ歩みを進めてきた。
「五号目」の看板を最後に見てからどれくらい登ってきたのだろうか。
「おや、ホッシー殿。何か考えごとですかな? 心ここにあらずと言った様子ですが」
クロードが言った。
今俺達は谷間のなだらかな道を進んでいるところだった。
「タナトスのことを考えていたんだ。今ごろどこにいるんだろうと思って。タナトスについてはライバル……みたいだから、先に踏破されないかと思ってな」
「ホッシー殿も山頂踏破に真剣味が増してきたようですね」
クロードがほほえんだ。
ふとミルズが立ち止まり、地面に片膝を立てると、雪原に目をこらした。
ていねいに雪の表面をなでては、息を吹きかけるなどしている。
「どうしたんだ、ミルズ。地面に何かあるのか?」
「うん。人の歩いた痕跡が見えたんだ」
「人の歩いた痕跡?」
「うん。道に目をやっているとなんか違和感があって。おいらたち前方の道の雪の量を見てみて。他のところと違って積雪量が少なく見える。これは誰かが歩いた跡なんじゃないかと思えるんだ」
「人間が? タナトスじゃないのか?」
「それも考えたけど、凹み具合からして、人間一人二人って感じがしない。十人……いやもっとだ。おいらの勘だけど」
ワンドルが地面に鼻先をめり込ませ、クンクンとにおいを嗅いだ。
「ミルズの言うとおりだ。人間のニオイが残されている。百人、いや、二百人を下らない」
「そんな大隊で⁉︎」
その時、ワンドルは雪の地面を両手でかき出しはじめた。
「わっ。どうしたんだよワンドル」
「ぶはっ。雪が顔にかかるじゃろうが」
ビッグスの顔は雪まみれだ。
「何かあるのですか、ワンドル殿。お手伝いいたします」
クロードも雪に向かって腰をかがめた。
「それには及ばない。見つけた」
ワンドルはぴたりと動きを止め、オレたちに視線を合わせてきた。
ワンドルが掘り出したものを見て、俺は悲鳴をあげそうになった。
「なんじゃコレは?」
「これは、きっと死んでいるんだろうな」
「そのとおりだ」とワンドル。「心臓の音が聞こえない」
そこにあったのは死体だった。異様な状態だった。この極寒の地にあって防寒対策がされているとはいえない麻の上着。服から垣間見えるのは骨と皮ばかりの肉体。
さらに異様なのは、全身についた無数の傷跡である。赤紫色に変色している箇所は、明らかにムチによる傷だろうが、心臓の位置に開けられた黒い穴が何かは説明がつかない。
「これは呪いの武器によるものだ」
ビッグスが言った。
「前にも見たじゃろう。ダークドワーフによって作られた武器よ」
「こいつは一体何者なんだ? どうしてこんなところまで着て呪いの武器のえじきに?」
「見てください」
クロードが死体の手首を指差した。
「ロープか何かで縛られた後です。きっとこの者はここまで連れてこられたのでしょう。強制的に。そしてここで行倒れ、トドメを刺された」
ふもとの町の酒場で聞いた話を思い出した。
邪教団だ。
すっかり忘れていたけど、こいつらも山頂を目指しているのだ。
その目的がなんなのかはわからないが。
「冒険者どの」
声がした。ごく近くからだ。仲間の声ではない。
道外れのクロマツの枝に、一羽のカラスがとまっていた。足の爪で硬い枝を握り、黒曜石のようなひとみで俺たちを見据えていた。
「今度はしゃべるカラスかよ。この世界しゃべる動物が多すぎだろ」
ビクビクしながらドンクが言った。お前がいうな。
「こいつは使い魔だ。魔力から分かる」と俺は言った。「一体誰の使い魔かは分からないがな」
「冒険者どの。迷い込んでしまったようですな。ここからはわれわれ新興教団の支配域となります」
「なんだと?」ビッグスは声を荒げた。「そんなわけがあるか。魔の山はどこの誰にも属さぬわい。山の精霊を除いてな」
「それはこれまでの話」と使い魔。「我々の元に同行していただきましょう。ただいま使者をつかわせます」
「こいつらって、ホッシーが噂に聞いていた、奴隷を率いてるやつだろ?」足元に転がる死体を見ながらミルズが言った。「これ相当にヤバいんじゃないの?」
上空から鳴き声が響き渡った。呪いの叫び声のような恐ろしい声だった。
やつらはクロマツの森の向こうから現れた。プテラノドンみたいなやつが五、六匹いて、その背中にはそろいの白いローブを着た男たちが三人ずつ乗っていた。
「使者か。物騒な奴らだ」
黒色の斧や剣といった武器をそいつらは携えていた。
プテラノドンはあっという間に俺たちの元に飛び降りた。ギャアギャアと吠え声をあげ、その毛羽だった羽をバタつかせると、肉の腐ったようなきつい体臭があたりに漂った。
男たちは俺たちを囲みこんだ。俺たちも武器を抜く。
「待たれよ。いまは流血沙汰を望んでおらぬ。武器を収めてくだされ」
リーダー格らしき男が言った。その手には抜き身の黒い剣が握られている。間違いない、前に
使い魔のカラスはリーダー格の手に止まった。すると、こいつがカラスの親玉か。
「じゃあまずそちらが武器を捨てられては?」
クロードが挑発的な視線を向けた。
男たちはヒソヒソとささやきあった。するとリーダー格は、
「かまわぬ。痛めつけろ。命までは奪うな。お嬢様の命令だ」
と命じた。
白ローブたちが一斉に剣を振り上げた。強い魔力がほとばしる。
「気をつけろ! 黒い波動だ!」
あの剣からは強い波動が生まれるはずだ。
一撃なら「
「ギエッ!」
男のうちのひとりが悲鳴をあげて倒れた。首元からには赤色の一文字が引かれ、そこからブワッと血が噴き出す。
「まずはひとり!」
叫び声はミルズのものだ。
「やるな、アイツ」
抜け目のないあいつはいつの間にか透明化して奴らの後ろにまわっていたのだ。
「不可視の奴がいる! 気をつけろ!」
リーダー格が叫んだ。
やつらのひるんだ機会を逃す俺たちではない。
ビッグスが飛び出した。黒い波動を見舞うことをあきらめた白ローブは近接戦闘に切り替えたが、ビッグスの手斧で己の剣が消滅したのを見て悲鳴をあげた。
「くらえ、邪悪の使徒めが」
続くビッグスの二撃目で、そいつは永遠に雪原に横たわることとなった。
また、ワンドルは槍を手に突っ切っていく。その剛腕から放たれる一撃は一度に二人を串刺しにした。
そして、クロードは火炎の剣を振って火球を放ち、あたりを火の海に変えていく。
俺は空を飛び、相手を撹乱しつつ、上空から敵の背後を鉄の杖で襲った。
「こやつら、強い!」
リーダー格が血相を変えた。
「なあに、アイテムがよいだけでござろう」
プテラノドンの背中から、ふたりの男が飛び降りた。
ひとりは見覚えがあった。
「ホッシーさんですな。仲間を見つけられたようで何よりでござる」
「あんたは!」
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