第32話 雪原の戦い

 読者諸兄は覚えていらっしゃるだろうか。この小説の冒頭で俺のスカウトするのを袖にした剣士こそこの男である。

「あんたは……名前は確か剣士アダム。こんなやつらに手を貸しているのか」

「左様。金のためならば。そしてこの剣のためならば」

 アダムの手には黒い剣があった。剣の柄からは木の根のような組織が伸びていて、アダムの手に食い込んでいる。その手の一部は剣と同じ硬質を帯びていて半ば一体化していた。

「おとなしく我らについてきてもらおうか、ホッシー殿」


「スモールズ、やはり貴様か」

 ビッグスは、もう一人の男に声をかけた。ビッグスと瓜二つのドワーフ。怒り心頭といったビッグスとは裏腹に、スモールズは表情ひとつ変えていない。

「ビッグスか。ここで会うとは思わなんだ。母上は壮健そうけんか?」

「二十年前に死んだわ。不貞の息子を案じながらな」

「それは残念なことじゃ。長兄として弔意ちょういを表する」

「長兄なのはわしの方じゃ、バカ次男坊め」

「何だと」

 スモールズはここにきて怒りの表情を示した。


「ダークドワーフ殿。何やら因縁がおありのご様子だが、我々に課せられた任務はただひとつ。こやつら全員を寺院まで連れてくることでござる」

「こいつだけはここで殺してやる」

 スモールズが言った。

「殺してみんかい、腰抜けめが!」

 ビッグスが叫んだ。

「やれやれ。肉親のことなれば、普段の冷静さもどこへやら」

 アダムは肩をすくめて笑った。

「さて、ホッシー殿。われわれと来られよ。それがの望みである」

「誰だそいつは」

 俺は杖を突き出した。

「知らぬのなら自分の胸に聞いてみるといい」

「知らないし、ついていく気もない。お前らはうさんくさすぎるんだよ!」

 俺は声を張り上げた。


「仕方がありませんな。力ずくで参ろうか」

 そういうなり、アダムは背後に向かって肘鉄を喰らわせた。

 マジックアイテムのナイフが転がり落ち、透明化していたミルズが姿を現した。

「くそ……」

 ミルズは顔面を打たれ、鼻から血を流して倒れた。

「ミルズ!」

「拙者にはスキル『心眼』がある。360度すべて拙者の視界も同然。姑息な手は無駄でござるよ」

「大丈夫。ミルズ殿は無事です。気絶しているだけです」

 クロードは言った。

「スキル持ちか……」

「スキルなしのそなたたちにどこまで抵抗できるかな?」

 

「ここで息の根を止めてやるぞ、ビッグス」

 スモールズは剣を構えた。夜の暗黒を閉じ込めた黒の剣。輝きをみせることなく、すべての光を虚しさの中へ吸い込む呪いの剣。

「一族の面汚しめが。この手で引導を渡してやる」

 ビッグスは銀色に輝く聖なる手斧を構えた。

 仕掛けたかに見えたビッグスだったが、その足を止める。きっとスモールズの動きを予期していたのだ。

 なんとスモールズは二体に分裂した。

 二人のスモールズが左右から襲いかかった。

 ビッグスは片方を盾で、もう片方を斧で受け止める。

 斧を差し向けた方のスモールズが霧散した。

 実体は盾を向けたほうだった。

 盾はスモールズの一撃を受けて表面に亀裂が走り、砕けてしまう。

 スモールズは一旦引き、それからまた分裂した。

「盾がなければ、貴様は次の一手を避けれぬぞ」

 スモールズがあざわらった。

「スキル『分身剣』か。やっかいじゃの」

 ビッグスの額に冷や汗が流れた。


 青白い光が仲間たちを包む。

 俺の放った「皮膚硬化エンチャント」の魔術だ。

 しかし、スモールズとアダムは薄ら笑いを浮かべるばかり。

「ホッシー殿。無駄でござるよ。この武器は魔術による増強効果を無効にする。そなたたちは丸裸も同然でござる」

 アダムは刀を正眼に構えた。

 雪の大地を蹴って、俺の方へと飛び込んできた。

 早い。

『俊足』のスキル持ちか。ダブルスキル持ちとなるとすこぶる厄介だ。あっという間に距離を詰められた。

 剣士の武器が振り下ろされる直前に、俺たちの間に割って入る者がいた――クロードだ。

「たあああああ!」

 赤く燃え上がる剣が、暗黒の剣とぶつかり合う。

 剣の技量では流石に剣士の方が一枚上手だ。

 クロードは防戦一方に追い込まれる。

筋力強化エンチャント!」

 ほとばしる赤い光輝。

 俺は仲間たちの筋力をアップさせる。

 魔術による補正を受けて、クロードは相手と互角に立ち回る――かに見えた――。


「死んでもらうぞ、弟よ」

 二体のスモールズが飛び出した。

「死ぬのはそっちだ、弟よ」

 手斧を持って、片方へと立ち向かうビッグス。

 だがそれは大きな賭けだ。

 きっとビッグスにはどちらが幻でどちらが実態なのか気づいていない。

 いつもの当てずっぽうだ。

 その証拠にビッグスが攻撃を放った方は霧と消えてしまう。

「もらった――」

 スモールズが勝ち誇った笑みを浮かべた。

 その暗黒剣は、しかしビッグスには当たらなかった。


「グルルルル!」

 ワンドルがその一撃を防いだのである。

 しかし、彼の持つ槍は破壊され、敵の刃はワンドルに達した。

 スモールズの剣先のあたった範囲は、上腕のかすかな部分だけだった。だが、その剣により確かに傷を受けてしまったのである。

「キャイン……!」

 ワンドルは悲鳴をあげて倒れ、雪の上にのたうちまわった。

「ワンドル、どうしたのだ!」

 ビッグスが叫んだ。

「我が剣の呪いだ。一撃当たれば全身が痛みに苦しむ」

 スモールズは不敵に笑った。

「次は貴様だぞ、ビッグス」


 アダムとクロードは鍔迫つばぜり合いの様相を見せた。

 ぎりぎりとぶつかり合う武器と武器。

 切り刻み合う互いの眼光。

 力の強いほうが勝つ。

 その意味では現在の二人は互角だ。

 互角のはずだった。

 アダムが口元を歪めた直後、その剣の刀身から真っ黒な波動がほとばしったのだ。

「何ッ――」

 クロードは全身にその波動を受け、真っ白な雪上へと投げ出された。

「終わりだ!」

 アダムが倒れたクロードに向かって剣を振り上げる。

「やめろおお!」

 俺は叫んだ。

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