第三章 古代遺跡

第16話 入口

 古代遺跡に通じるという洞窟の入口まで案内されてやってきた。遺跡というからにはなにか豪華な門だったり、風格のある古代都市だったりが存在するのかと思ったけど、そんなことはなかった。そこは地味な洞窟にすぎなかった。


「この入口から坑道へ抜けて、そうですね、一日も歩けば、遺跡の迷宮にたどり着くでしょう」シェルパのカイル顔のレイニーはいった。「古代文明の宝の隠し場所と言われています。それこそ素晴らしいマジックアイテムがあることは間違いない」

「しかし本当にいいんですね?」同じくシェルパのウサギ耳のバニヤンは言った。「かなり遠回りになることは間違いないですよ」

「いいんだ」と俺は言った。「考え抜いたすえの決断だ。やはり、死の騎士・タナトスの言う通り俺たちは装備を整えなければ魔獣を相手にすることもできない。ここでなにかよいものをさがすさ」

「お前らなんてどうせここで死ぬ羽目になるぜ。死ね死ね」

 ロバのドンクが言った。


「申し訳ないが、俺たちシェルパは迷宮探索には付き合えません。ダンジョンが相手だと事情が違いますので。ロバも連れていけば足手まといになるでしょう。古い伝承によると、古代遺跡は四合目の出口につながると言われている。俺たちとロバはそこで待っています」

「そうして下さい。仮に私たちが今から十日以内にそこにたどり着けなければふもとの町に戻ってくれて構いません。それでいいですね?」

 クロードが言った。

「ええ。では健闘を祈ります」

 レイニーとバニアンは俺たちに敬礼した。

「いいか、絶対に死んでこいよ! 暗くて冷たい古代遺跡で一生を終えろアホども!」

 ドンクは言った。

 二人と一匹に別れを告げ、俺たちは洞窟の中へと足を進めた。


 洞窟は真の暗闇だった。濃密な闇が漂っていて、何も見通すことができない。一センチ先になにがあるかだって分からない。

「頼んだよ、ホッシー」

 ミルズが言った。

「任せろ。こういうところでこそ俺の出番ってもんだよな」

「もったいぶっておらんで早くせんか」

 ビッグスが急かした。

 鉄の杖を俺はかかげる。杖の先端へと魔力を集める。唱えるのはもちろん、光の魔法。闇を照り返す輝きの魔法だ。

 フロア全体が電灯をつけたぐらいの明るさになった。


 洞窟内はところどころが木の柱で補強されており、ロウソクを置く台もくくりつけられていた。

「なんだこれ。鉱山として整備されているようだな」

「その通り。昔ここはドワーフが金を求めて鉱山をほっていたんじゃ。魔の山のほとりでは砂金がいっぱいとれるでな」

 ビッグスが言った。

「しかし、掘り進めているうちに、とんでもないものを掘り当ててしまった。大昔に人類が作り上げた古い遺跡じゃよ。なかは魔物の住処になっており、おいそれとは入れぬ。まあ、わしらに倒せんほど強い魔物ではないだろうがな」

「そんなにいいアイテムが眠っているなら、もうとっくにほかの冒険者に取り尽くされたんじゃないのか」

 俺は心配になって言った。

「それがそうでもないようです」とクロードは言った。「古代遺跡ではないにせよ、お宝のあるダンジョンなんかは他にもありますからね。わざわざ魔の山を登山してまで、宝を探しに来る人は稀なのでしょうよ」

「なるほどな」


 しばらく行動を歩く。ドワーフたちが掘り進めたであろう、天上の低い洞窟を俺たちは進んだ。もともと小柄なビッグス、ミルズ、ワンドルはらくらく進めたのだが、俺とクロードはやや背をまるめなければならず、いささか窮屈な道行きとなった。

 坑道はひどく長く、そしてひどく退屈で、ひどく静かだった。

 途中で休憩を挟みながら、鬱屈とした気分を抑えるためにくだらない雑談をしながら進んだ。

「そういえば、皆さん、好きな女の子はいるのですか?」

 クロードが言った。

「修学旅行の夜じゃねえんだから」

「なんです? 修学旅行というのは?」

「なんでもない。俺の元いた世界の学校にはそういうものがあったんだよ」

「学校かあ。人間って種族は教育っていうの? 教育にずいぶん力を入れているよね」ミルズは言った。「魔術師の学校はもとより、商人のための学校とか剣士のための学校とか。勇者になるための学校もあるっていうじゃない。すごいよね。ホッシーの学校では何を教えていたの?」

「何を教えていたか、か」俺はうーんと唸った。「一言では説明しづらいな。俺たちの世界には学んでおくべきことがたくさんあったんだ。自分たちの使っている言葉とか、商業で使う計算式とか、社会の制度とか、生物の体の仕組みとか、世界の歴史とか、外国の言葉とか。そういうものを一通り学んでいた」


「そんなにたくさん教えてくれるんだ。でも、そんなに内容が充実しているのなら金持ちしか通えないんじゃない? もしかしてホッシーは金持ち?」

「金持ちなんかじゃない。平凡な一般家庭出身だよ。俺の国じゃ、なんと15歳になる前のすべてのこどもが教育を受けられたんだ。金持ちだとかそうじゃないとか関係ない。とにかく全員だ」

「そんなだからホッシーの世界から来た転生者はみんな頭いいんだね」

 いかにも納得したような顔でミルズが言った。

「ひとり例外はいるがな」

「誰じゃ?」

「あのアホのロバだよ」

「まあ、確かに」


「なるほど。それはそうと、ホッシー殿の好きな子とは誰なのですか?」

 クロードはたずねた。

「その話題に戻るか!?」

「誰なんじゃ? ちなみにわしは酒場のウエイトレスのミーナにみじんも興味はないが」

「もしかしておいらだったり……?」

「んなワケないだろ」

「しゅん……」

「白状しなよ、ホッシー」

 ワンドルが言った。

「ちくしょう。シンデレラだよ。シンデレラ・シルバーレイクだよ。隠すような話でもないから言ってやる」

「ヒュー!」

 クロードが口笛を吹いた。

「ヒュー!」

 ほかの面々も吹いた。

「お前ら中学生男子か? これじゃ、ますます修学旅行じゃねーか!」

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