幕間3 魔王討伐回顧
そのまなざしを見ていると凍死しそうだった。その声を聞いていると耳が壊れそうだった。その場に居合わせるだけで発狂してしまいそうだった。
黒い稲妻走る赤黒い天球を背景に、魔王は恐ろしげな笑みを浮かべていた。
魔王――あまりにも恐ろしい存在と俺たちは対峙していた。
鳥人のバーディも、リザードマンのカメレニィも苦しそうに息をついている。魔術師のエミリーは真っ青な顔で魔王を見つめていた。
「だめだ。恐怖で体がこわばるッ」
バーディは小さく悲鳴をあげた。
「恐れよ。愚か者どもめ。ここまで我が領域を踏みにじってきた無礼、ただではすまさぬぞ。きさまらには永久に地獄の責め苦を味あわせてくれる」
地の底から聞こえるような声が、四メルーはあるその巨体から放たれた。カメレニィはひいと悲鳴をあげ、その目からは涙が流れていた。
「わからない。わからないけど、たまらなく恐ろしいんだ! あいつが!」
歴戦の勇者であるカメレニィは涙を流した。
カメレニィは特有のスキル「透明化」を駆使して、魔王の四将軍のうち三人を仕留めた実力者だ。そんな彼をして魔王はとてつもなく恐ろしいのだ
「くそっ。負けてられっかよ!」
両手剣を握る手に力を込め、おれは魔王に相対する。恐ろしい。これまでグロテスクな魔物なら何度も見てきた。敵から猟奇的な拷問を受けてそれでもなお耐え抜いた。自分の何倍も巨大なドラゴンを相手に闘ったこともある。
どんな状況でも勇気さえふるえば、なんとかすることができた。
なのに、今ここ魔王を前にしてはその気力すら湧いてこない。
「なんで……なんでだよ」
それでも、負けちゃいられねえ。
死んだ仲間の分まで、俺は戦わなくてはいけないんだ。
シンデレラ……。俺の遠い目標。幻の女性。自分の命と代償に俺を助けてくれた女性。
彼女のためになんとしてでも魔王を打たねばならない。
俺は「
魔王の体へと急接近する。
やつを出し抜いたと感じた。魔王はほうけた顔で俺を
ファーストブレイクはいただきだ。
命もらうぜ、魔王!
「グスタフ! よけて!」
エミリーが叫んだ。
「えっ……!?」
俺の剣は空を切った。
それと同時に、背後に気配を感じる。ただならぬ
「愚か者め」
さっきまで目の前にいた魔王はいつのまにか俺の背後にまわり込んでいた。そして、その手には巨大な剣がにぎられていた。
人間の身長のおよそ三倍はあるかと思しき巨大暗黒剣――伝説に
その暗黒の刃が、俺の半身を切り裂いた。
「うわあああああ!」
暗転。
気がつくと俺の体は地に伏していた。ごぶごぶと俺のなかの大切なものが抜け落ちていくのを感じる。
口の奥の方から血があふれ出てきた。
今度こそ……俺はここで死んでしまうのか!?
「ぎゃあああ!」
見れば、バーディとカメレニィもキングドゥームのえじきになってしまっていた。いましもキングドゥームはエミリーの喉元を切り裂こうとしている。もう勝ち目はなかった。俺が最後にみるのは仲間の死んでいく光景になりそうだ。
「ただでは殺さぬと言ったであろう。ダークドゥームは貴様らを瀕死の状態で向こう百年は生きながらえさせる。ただの回復呪文では治すことも叶わぬ。永遠に苦しむことだな」
と言って魔王は高笑いした。
ちくしょう……。
俺たちはここで終わりなのか……。
すまない、みんな。俺がふがいないばかりに。
そしてすまない、シンデレラ。
お前に助けられた命、無駄にしてしまったようだ。
「き、貴様……!」
とつぜん大声が上がった。
ほかならぬ魔王の声だった。
なにかが起こった。
俺たちにとってなにかよいことが。
「殺したはずだ……勇者シンデレラ・シルバーレイク!」
魔王の声に導かれるように、まばゆいばかりの黄金の光が血色の空をまばゆく照らし出した。
それは天上の光景と呼ぶにふさわしかった。
白銀色のビキニアーマー姿の流麗な長い髪の女。その髪をやさしい風がなでた。黄金の輝きを身にまとい、シンデレラは邪悪な天球を突き破ってその姿を現したのだ。
「確かにわたくしは一度死にました。あなたの剣に引き裂かれて。ですが、女神イシュタルさんの祝福がわたくしに再び命を与えてくれたのです」
シンデレラは笑った。
その仕草はまるで照れ笑いのようで、このような地獄の様相を呈する場所にはひどく似つかわしくなかったが、それがいかにもシンデレラらしかった。
「馬鹿野郎……生きてんならもうちょっと早く来いよな」
俺の言葉は言葉にならなかった。あまりに肉体の損傷がひどかったからである。それでもシンデレラにはしっかり届いたようだ。
「すみません、グスタフさん。復活までに時間がかかってしまいました。これでも急いで来たんですよ」
シンデレラはくすっと笑った。さらりと揺れる髪。
ああ、なんて美しいんだ、彼女は。
こんな地獄にあってもなお美しい。
「おのれ、勇者シンデレラ。今度こそ貴様の息の根を止めてくれるわッ!」
魔王は超高速で移動し、目にも止まらぬ早業でキングドゥームをふるった。しかし、シンデレラは同じく超高速スキルの一撃で、やつの剣を弾き返した。それから二度、三度と魔王は剣を振るうが、そのすべてをシンデレラは弾き返した。
「なにぃぃぃぃ!」
魔王の悲鳴は間抜けにすら響いた。
「残念ですが魔王さん、あなたのスキルはすべて見抜きました。目があったもの全員に恐怖を付与する『魔王特権』のスキルも、その『超高速移動』スキルも、わたくしにはすべて通用しません。私の生まれてついてのスキル、それから精霊や女神に与えられた祝福、身につけた女神の鎧がことごとくその効果を無効にするのです」
「そんなのありかああああ!」
魔王は嘆いた。
これだけ強い敵は、魔王としても初めて目の当たりにするのだろう。全身ガクガクに震えていた。
こうなるともはや哀れな巨人にしか見えない。
「俺を殺すな。俺の娘がおま、お前を許さんぞ。絶対にお前を殺しにくるぞ」
巨大な目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「そんなの怖くないです! 怯えていらっしゃるところをすみません。魔王さん、殺します!」
言うが早いか、シンデレラの剣は魔王の首をスパッと切断した。それですべてが終わった。千年にも渡る暗黒の千年王国も、邪神ベルゴス復活の祈りもそのすべてが
「やりました!」
シンデレラは魔王の首根っこをつかんで破顔一笑。
まるで巨大魚を釣り上げた漁師のようなほほえみだった。
「やりやがった……」
俺はその様子をぼう然と見ているしかなかったのであった。
そんな魔王討伐も何日も前のできごとになった。
魔剣キングドゥームの破壊と回復魔術とですっかり元気になった俺たちは冒険者の街に戻ってきた。
プロデューサーのキング・ザ・ブルは頭を抱えていた。その二メルーにも及ぶ長身の体は、ひとまわり縮んだようにも見えた。
「あいつはどこにいったあああああ!」
キング・ザ・ブルが吠えた。
居合わせた新聞記者はうろたえていた。
なんせ、魔王を退治した五人の勇者グループのインタビューがいつになってもできないのだ。原因はひとつ。
シンデレラが魔術師のエミリーを連れてどこかに姿を消してしまったからだ。
「キング・ザ・ブル。シンデレラはしばらく戻ってこないですよ。冒険のほうがあいつを呼ぶんです。いまごろどこかをのほほんと旅していますよ」
「メディアの取材には応じろと口酸っぱくいっておったのに! 恩知らずのバカ娘が!」
キングは憤慨冷めやらぬ口調でいった。
誰にも綱をつけておけない存在がいる。そういったやつは、世界ですらも神ですらも従わせることができない。
シンデレラ・シルバーレイクはまちがいなくそういった女性だ。
それが彼女の強さでもあり、魅力でもある。
いまごろ楽しい旅をしているだろうか?
そんな彼女に片思いしていた俺としては、それだけが気がかりだ。
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