幕間2 ダークドワーフ
人間や妖精たちが、列をなして山道をあるいている。性別も年齢も種族もさまざまだ。その総数は百を超えるだろう。
まるで
ふいに縄でつながれていた男のひとりが足をつまずかせた。そうすると、その前後の人間も巻き添えを食らって倒れた。
「何をしておるのだ」
全身を純白のローブでまとった男が、倒れた男の前までやってきた。そのうつろでにごったまなざしが、倒れた男に向けられていた。
「もう歩けねえ……。こんな飲まず食わずで魔の山なんて歩けるわけがねえんだよ……」
男が身につけているのは、金糸を編み込んだ絹の服。高貴な家柄の男だ。不運にも、人さらいに捕まり、売られてきたのだ。
「歩けないと申すか」
純白ローブの男は、ふところからなにかを取り出した。水や食料だと思ったら大間違いだ。出てきたのは、まぎれもなく革製のムチであった。
「や、やめてくれぇ!」
哀れさを催すような悲鳴が上がったが、純白ローブの男の行動を止めるだけの効果はなかった。ピシャリ。鋭い音がして、ムチが男を打った。ぎゃあ。悲鳴が上がり、男の鼻に、頬に、腕に、赤い線が走った。
ムチを振るごとに、純白ローブの興奮は増していくようだった。黙らせるのが目的でふるったムチは、やがてムチを振るうことが目的と化していく。男の皮膚はさけ、その服はみるみる血の色に染まっていく。
「そろそろやめるでござる。このような光景を見せられても面白くはない」
拙者はローブの男を制した。
ローブの男は上気した顔を上げ、こちらをにらみつけたが、その直後表情は一転。優しい笑みとなった。
「用心棒どの。奴隷の管理は我が教団にとって必要なこと。どうか口出しはしないでいただきたい」
ローブの男は荒く息をつきながら言った。
「そなたの教団は縛られた男をさいなむことをよしとするのか。そうではあるまい。あまりに見るに見かねるでござる」
「これ以上の口出しは、用心棒どのでも許しませんぞ」
ローブの男は歯をむき出しにして面と向かってきた。ムチを握る手に力が加えられる。
気がつけば、同じローブの男衆が拙者をぐるりと囲んでいた。その数二十は下らない。
分かってはいたが、どうにも狂信的な男たちだ。穏やかではない気配を察し、拙者は腰に提げた剣の柄に手をかけた。夜の闇より深い黒色の剣の柄に。
「おや、いかがなされた」
第三者の声が降りかかった。声のした方に目をむければ、そこには背の低い妖精族の男がいた。
「ダークドワーフ殿」
ローブの男は、顔をこわばらせた。その額を汗が伝い、ムチを握る手の力がゆるんだ。その様子を見て拙者も柄から手を離した。
全身を包む黒装束は、彼の製造する武器のように闇のごとき黒色。
対照的に肌は青白い。ドワーフといえば血色がよく、赤ら顔というのが定番なのに。ただ、ドワーフ族らしく口元は長い髭がおおっていた。
「邪魔だてする気はない。お主たちは、ただいま斬り合うところなのだろう。であれば、先刻完成した武器がある。よければそれを試して欲しい」
「ダークドワーフ殿、お許しを。私も用心棒のアダム氏も斬り合う意思はございません。われわれには何の問題もないのです」
白ローブの男はうやうやしく頭をさげた。相変わらず顔をこわばらせている。
対するダークドワーフはほがらかな笑みを男に向けていた。
「そうですか。であれば、これ以上ここに止まっているのも愚策ですな。まだまだ道は遠い。先を急ぎましょう。神殿でお嬢様が待っておられます」
ダークドワーフの声色は有無を言わせないところがあった。
男は舌打ちし拙者をにらみつけた。
拙者は倒れた男に近寄ると、起き上がるのを助けた。男は感謝を述べたが、拙者は感謝を素直に受け取る気にはならなかった。
この連中に手を貸したのを後悔しはじめる。
彼らを魔の山の魔獣から守るというのがその使命だった。
金払いがかなりよかった。
普通の冒険で得られる報酬の百倍はあった。
このミッションを終えて、街に戻れば拙者はもう遊んで暮らすだけでよくなる。
だが、やはり甘い話には裏がある。どうも雲行きのあやしい道行だ。この強制的につれてきたと思しき奴隷たちは何なのだ?
だが、金を受け取った以上は、その分働くのが冒険者である拙者の勤め。
ここは黙って付き従うのみ。
ふと冒険者の街で出会った男の顔が浮かんできた。
彼は確かスキルのない人間で、拙者を仲間としてスカウトしてきたが、条件が悪いので断った。
もともとは純粋に冒険を求めて冒険者を志した拙者である。
彼についていく道もあったのかもしれないと後悔のようなものが湧いてきた。
「アダム殿といいましたか」
ダークドワーフが声をかけてきた。拙者の横を子供の背丈ほどの男が歩いていた。
「いかにも。あなたはドワーフ族の――」
「わしに名前はない。ダークドワーフの道を選んだ時に捨てたのだ。ただ、ダークドワーフとだけ呼んでいただければ結構」
「そうでござったか。拙者に何か用でござるか」
「そなたに授けたその剣、手に馴染むか知りたくてな。作った以上、どうやって使われているのか興味があるのだ」
「なるほど。残念ながらまだ振るう機会はなかった。武器は使ってみるまで分からないもの。現時点ではご返答できませぬ」
「であれば」とダークドワーフは言った。「どうじゃ、奴隷のひとりを切りつけてみるのは」
「楽しい冗談でござる」
拙者は愛想笑いを浮かべた。
「冗談で言っているつもりはない」
ダークドワーフは真顔で言った。
「やらぬか?」
「遠慮させていただく」
「そうか」
ダークドワーフはつまらなそうに離れていった。
尋常ではござらん。
もはや後悔の念以外は何も残っていなかった。
それにしてもこやつら、なんのために魔の山の頂上を目指しているのだ?
それに、お嬢様とは誰のことだ……?
不安な道行きであった。
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