第15話 死の騎士タナトス

 あんぐりと上下の顎を開き、シールドゲーターは咆哮ほうこうを上げた。四トントラック並みの巨体から放たれる咆哮が空気をビンビンに振るわせ、俺たちの鼓膜に侵入してくる。

 赤く血走った両の目玉が、仲間の亡きがらを見て、それから俺たちを見た。


「やつらの親玉か」

 ビッグスは顔を青ざめさせていた。

「ひえ、怒ってるのかな」

 ミルズが俺の腕にしがみついてきた。

 俺たちは再び武器を構える。だが、さっきも言ったように俺たちは疲労困憊ひろうこんぱいの状態だ。こんな巨大な生き物を相手に勝てる気がしない。

「だからって」

 死ぬわけにもいかないわけだが。

「く、来るぞー!」

 ドンクはほとんど泣きそうな声で言った。


 あんぐりと口を開けて、シールドゲーターが飛び込んでくる。俺たちなんて丸呑みされそうなくらい大きな口だ。

「風よ!」

 クロードの魔法はわずかに動きを遅らせたが、それでもほんのわずかしかでしかない。

 化け物の鋭い歯列が俺たちへと襲いかかってきた。

 死を覚悟したその瞬間のことだった。


 その時俺は何が起きたかわからなかった。

 隕石が落ちてきたのかと思った。

 地面が割れるような音を立てて、俺たちとシールドゲーターの間に降り立ったものがいた。

「あいつは……!」

 叫び声が漏れた。

 そいつが見知った存在だったからだ。

 全身鎧の冒険者がそこにいた。


 シールドゲーターの獰猛なまなざしは全身鎧へと向けられた。

 だが、勝負は一瞬でついた。

 全身鎧の戦士が腰元の鞘から剣を抜いた。その動作だけで何かが起こった。

 シールドゲーターの巨大な顔が縦に真っ二つに割れた。顔を斬られたシールドゲーターは横倒しになり、永遠の眠りについた。


 何が起きたんだ⁉︎

 俺たちの視線は全身鎧の戦士に集まった。

 だが、兜の目元の空洞から返ってくるのはうつろな視線だけだった。

「信じられません」

「おいらすごいものを見ちゃったよ」

「脅威じゃ」

「…………」

 妖精族の連中は何かを見た。呆然としたまなざしで息を飲んでいた。妖精族は人間の何倍も優れた視力を持っている。その目で何を見たのか?


「ホッシー殿にお教えしましょう」クロードが言った。「あの全身鎧の冒険者は稲妻のように上空から現れました。そして剣を鞘から抜いて一閃。返す刀でもう一閃。剣から生まれた真空刃はシールドゲーターの顔の表面だけではなく、その全身までをも切り裂いたのです」

「たった二撃であの巨体を倒したってことかよ。マジで人間業じゃねえ」

「あの鈍重な鎧を身につけてなおこの動きじゃ。こいつただものではない」

「まさかとは思うけど、この兄ちゃんスキル持ちなのか? それも沢山の……」


「兄ちゃんと言いましたか」と全身鎧。「よろしいでしょう。わたくしのことは『兄ちゃん』とでもお呼びください。それからホッシーさん。みなさん」

 全身鎧はすっと片手をあげたその指先は俺たちに向いている。

「な、何だよ」

「あなたたち、弱すぎます」

「えっ」

「この程度の魔獣に苦戦しているようでは、頂上踏破など到底夢のまた夢ですよ。一体どうするつもりなんですか?」

「そ、そんなこと言われても」


 全身鎧は剣を鞘に収めると、俺たちに背を向けた。

「妖精族のような特徴もなく、生まれ持ったスキルもないのであれば、マジックアイテムによって補強することができます。噂に聞いたのですが、三合目には古代遺跡のダンジョンがあるとか。そこで装備を整えるのはいかがでしょうか」

「確かに、三号目には遺跡があります」とレイニー。「ですが、あそこは危険だ。生きて出られる場所ではないと言われていて、シェルパは誰も近づきません」

「ですが、そのように装備を整えなくてはあなた方の誰一人として山頂には到達できません。急がば回れというではありませんか」


「お兄ちゃん、なんか協力的だな」とミルズ。

「ライバルとなる方には手応えを感じていたい。そのためならあなた方が強くなるよう導くこともためらいはしません」

「わしらからしたらありがたいことだが、なんとまあ苦労性の男よな」とビッグス。

「それでは、わたくしはこれで。また会うことになるでしょう。そのときは敵となっているかもしれません」

 全身鎧は俺たちに背を向けた。

「ちょっと待て」

 俺は叫んだ。

「どうしましたか、ホッシーさん」

 全身鎧は振り返った。

「せめてお前の名前を教えろ。俺ばっかり知られてるのはなんだか気に食わん」

「そうですね」

 全身鎧はあごに手を当てて、しばしば考え込んだ。考え込んでいるのは本名を名乗る気はないということだ。

「死の騎士・タナトス。そう名乗っておきましょう」

「なんだそのネーミングは」

「かっこよくないですか?」

「いや、あんまり……」


「とにかくタナトスです。以後お見知りおきを」

 言うなり、ジェットの勢いでタナトスは地上を飛び去った。この様子をはじめて見る仲間たちは目を剥いていた。

「なんじゃったんだ、今のは」

「なんか親切な兄ちゃんだったな」

「どこかで嗅いだことのあるようなニオイだったが――」

 ワンドルが言った。

「そうなのか?」

「思い出せない」

 タナトスはすでにその姿すら見えない。どこか彼方に消え去ってしまった。いったいどこからきてどこに消えるんだ。謎の多い男であった。

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