第19話 魔人ヴィヒクス

 地面に体を打ちつけた。痛い。俺たちはものすごい高さから落下していた。ビルの五階ぐらいの高さなんじゃないだろうか?

 魔力消費二倍の高速詠唱で「皮膚硬化エンチャント」をかけて、仲間たちの体を頑丈にはしておいたけど、それでも痛かった。

「みんな生きてるか……」

「なんとかな」

 全員から返事があった。真っ暗なので姿は見えないが、とにかく生きてはいる。

「ホッシー、はやく点灯せんか」

「分かったよ。ったく、人を電灯あつかいしやがって」

 照明の魔術を使った。まばゆい輝きが、部屋中を照らし出した。


「うわ、なんだこの空間」

 驚いた。部屋は高さ二十メートル、横・縦それぞれ百メートルばかりある。地下にこれだけの広大な空間があるのが不思議な感じだった。

 こんな大掛かりな部屋は無目的には作られることはない。そこに設計者の意思があるはずなのだ。

「見て、壁画があるよ」

 ミルズが壁を指差した。

 言う通り、高い壁には絵が描かれていた。原始的な落書きじみた絵だ。ツノが生えていて全身灰色の甲殻に覆われた化け物が人間を食べている姿が描かれていた。

 股から二つに裂かれる人間、その血液をすすり、内蔵の肉を食らう化け物。

「グロい絵だな。何の目的でこんな絵を描いたんだろう?」


「そもそもこの怪物はなんじゃ? クロードよ、ここに書かれた文字はなんじゃ」

「魔人ヴィヒクスと書かれていますね。飼育覚え書き。エサは毎日一回。腹ペコ注意。凶暴になるゆえ」

 ズシーン。

 地面が振動したような気がした。

「古代の壁画だけど、その魔人ってのは滅んだりしてるんだよな?」

「エルフですら一千年は生きます。魔人のもなれば……」

 ズシーン。

「このエサってなんなんだろうね」

「人間・妖精・亜人などと書かれています」

「へえ、人間・妖精・亜人かあ」

 ズシーン。

「妙な匂いがする」とワンドル。「人間でも妖精でもない。初めて嗅いだ匂いだ」

 ズシーン。

 俺たちに影がおおいかぶさった。

「嫌な予感しかしねえな」

 恐る恐る振り向く。人間の三倍は体積がありそうな、全身灰色の化け物がいる。長い二つのツノ。あんぐりと開いた口からよだれが糸を引いていた。

「何の目的で魔人なんて飼ってたんだ、古代人⁉︎」

 巨大な足が地面を踏みつけた。ドシン。大きな地鳴りがした。もし必死に避けていなければ俺たち全員ノシイカみたいにペラペラにされていただろう。


「逃げろ!」

「そんなこと言ったってどこに⁉︎」

「分かんねえ、とにかく逃げろ!」

 全身の筋肉をフル稼働して、ガイコツ散らばる床の上を走る。

 ざっと見た限り、出入り口のようなものはない。

 唯一、俺たちが落ちてきた穴ぐらいのものか。


「おめおめ逃げていられるか。ドワーフの誇りにかけて戦う」

 ビッグスは身をひるがえし、ヴィヒクスの足に向かって斧を振り下ろした。

 しかし、ビッグスの斧は通じない。強靭な甲殻を前に歯が立たなかった。

「ホッシー殿! エンチャントを!」

 クロードが叫んだ。

「もうやってる」

 魔術の青白い光と赤い光が俺たちを包み込んだ。身体硬化と筋力強化のダブル・エンチャント。道具袋の中の、魔力を貯蔵しておる魔力石がひとつ砕け散る。俺のできるかぎり最大の技だ。仲間は頑丈な皮膚と発達した筋力を手にする。代わりに俺は疲れまくる。多分若白髪が何本か増えた。


「ぬおおおおお!」

 ビッグスの斧がヴィヒクスのスネに一文字の傷を与える。その一方で、ビッグスの戦斧の刃にはヒビが入った。

「わしの斧が!」

 足につけられた傷に魔人ヴィヒクスは憤慨した。ギャーッと立てた吠え声がそれがビリビリと部屋の空気を震わせた。

 そして、野太い両腕を奮いながら、ビッグスに猛攻を仕掛けていく。

「くそ、怒りよったわ!」

「風よ!」

 クロードの巻き起こした風はヴィヒクスの周りで縦横無尽に吹き荒れ、その巨体を押しやり、足止めする。 

「ワオーン!」

 ワンドルは槍を手に突撃して、ヴィヒクスの無防備になった後ろ足へと何度も刺突を放った。

 続いて、ミルズはY字型のパチンコで石を飛ばす。ただの石ころではない。俺の魔力を貯め込んだ魔力石だ。命中すれば、爆弾みたいな効果を発揮する。

 ヴィヒクスの顔面で爆発が起こった。舞い散るカスタード状の血しぶき。きっと命中どころがよかったのだ。石が灰色の甲殻を突き破り、中の肉がズタズタに傷ついているのが分かった。

「やったぞ!」


「おいらたち、魔人をぶっ倒したんだ」

 ミルズは歓声を上げた。

「わしの斧が。はやく打ち直してやらんとのう」

 ビッグスは自分の愛用していた武器を悲しげにながめる。

「どうしたのですか、ワンドル」

「ニオイがする。まだ生きているニオイだ」

 ワンドルは鼻元にシワを寄せると、鼻をクンクンさせた。

 ヴィヒクスの割れた顔面から黄色い煙が上がったと思いきや、その皮膚が盛り上がりを見せ、甲殻は再び顔を覆いはじめた。

「再生している⁉︎」

「ウソだろ⁉︎」

 

 再び魔人ヴィヒクスの吠え声が響きわたった。

 ヴィヒクスの体はいまや完全に元に戻った。俺たちの与えた傷はまるで冗談のように消し飛ばされてしまった

 ヴィヒクスは腕を、足を振るった。硬い腕や足が命中しビッグスは盾ごと体を押しやられ、ワンドルは突き飛ばされて壁に体をめり込まされた。

「この……ッ!」

 体勢を立て直そうとしたビッグスを、ヴィヒクスの巨大な足が踏みつけた。

 ミルズはパチンコで魔力石を飛ばして破壊し、クロードは「風の刃」できりきざむのだが、ヴィヒクスはその度に再生させる。ビッグスはじわじわ踏み締められていく。

「ぐぬぬぬぬッ」

 ビッグスは顔をあからめながら、苦しそうに息をついた。このままでは殺されてしまう。

 壁にめり込まされたワンドルはぴくりとも動かない。

「マズいぞこれじゃあ!」

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