幕間6 山頂への行進

 雪の地面へと倒れたクロードに、白ローブたちの鞭が襲いかかった。ただでさえ黒い剣の痛みにあえぐクロードに、さらなる痛みが加えられた。

「ぐッッッ」

「大丈夫かい! クロード!」

 おいらは叫んだ。

「オラ立て、隊列を乱すんじゃない」

 白ローブはクロードを無理やり立たせた。呪いのせいでクロードは全身の痛みに打ちのめされている状態だ。でも連中はお構いなしだ。

 その白ローブのやつはムカつくことにおいらの透明化のナイフを奪っていた。腰のベルトにそいつをぶら下げている。

 白ローブの鞭が空をピシャリときり、それを合図に再び歩かされた。

「ミルズ殿。ありがとう。私は無事です。これくらい何ともありません」

 顔を歪めながらクロードが言った。

「…………」

 ワンドルは眉根をよせ、おいらたちを心配そうにみやっていた。とても仲間思いのやつなのだ。

「くそっ。呪いの力で思うように歩けんわ」

 ビッグスは歯噛みした。腹を刺された彼だけど、傷薬での治療を受けて今は回復している。とはいえ、呪いの力はいまだに彼の体をさいなんでいる。

「スモールズの奴め。次見た時には八つ裂きにしてやる」

 当のスモールズはというと、彼は先頭の方をロバで移動している。もちろん乗られているのはかわいそうなドンクだ。ドンクは無駄口叩いて殺されてなきゃいいけど。


「まさか噂のダークドワーフがビッグスの弟さんだとはね。話を聞いた時はびっくりしたよ」

「あいつは一族の爪弾きものじゃった」

 ビッグスは言った。

「研究熱心といえば聞こえはいいが、生きたドワーフを使って生体実験をしていたんじゃ。奴めの作った外法の武器でな。その角で追放され、どうしているかと思えばこの様よ。アイタタ」

「呪いってどうにかならないの?」

 おいらは尋ねた。

「どうにもならなぬ」とビッグスは言った。「呪いをかけた武器を壊さん限りはな」

 行進の先頭にいるダークドワーフに目を向けた。彼はお嬢様が乗っているかという籠の前でドンクを鞭うちながら山頂へと続く坂道を登っている。

 スモールズの持っている剣。あれを壊すのは……とてもじゃないが無理そうだ。


「ぎゃ、ぎぇぇぇぇ!」

 ひどいブサイクな悲鳴が聞こえてきたと思ったら、その声の主はドンクだった。

 あいつ、とうとうしゃべりすぎで殺されたか、と思ったのも束の間、おいらたちの進行方向にでっかいお猿――キングモンキーが仁王立ちしていたのだ。

「何だあれ。今まで見てきたやつの倍は大きいぞ」

「はぐれ猿ですね」

 おいらの後ろを歩かされているレイニーが言った。

「単独のサルです。凶暴さもひときわ強く、残忍さもひときわ強いです。人間ではまず太刀打ちできないでしょう」

「心温まるアドバイスサンキュー!」


「止まれ、止まれーい!」

 白ローブが慌てて号令を出す。おいらたちは足を止められた。


「これってチャンスだよ、クロード」

「ほう。何か策があるのですか?」

「キングモンキーに襲われたらあいつらも無事じゃ済まないでしょ。その隙に逃げるんだ。おいらならこのロープを外せる」

「流石ですね。アイタタッ! でも、ちょっと。アイタッ。前を。イテテテッ! 見てください、ミルズ」

「そんなに痛がりながらしゃべるなよ、クロード。前を見ればいいの? あれ? 何だろう。自称ホッシーの元カノが籠から出てきたよ」


 自分のサイズの何倍はあろうかというキングモンキーを前に、魔王の娘が立ちはだかった。やけに露出度の高い黒装束で身を固めた魔王の娘が手に持つのは、刃の部分がやたらデカい槍のみ。

 その槍すらもキングモンキーを前にしては頼りなく見える。

「死ぬ気か? あの女子おなご? 死ね死ね。イテテッ」

 ビッグスがニヤリと笑った。

 キングモンキーの腕が魔王の娘と伸びた。その野太い巨大な指が元カノの体を捕まえる。キングモンキーはそのまま口まで運ぶとゴクリと飲み込んだ。

「あーあ、食べられちゃった」

「あっけない最後じゃったな。アイタッ。ボスキャラが死んでこのライトノベルもおしまいじゃ」

「お二人とも! ご覧ください! イテテ!」


 キングモンキーが喉をおさえ、地面に膝をついた。振動。木々に積もった雪がはらりと落ちる。そして、キングモンキーは頭を地面につけ、動かなくなった。

「死んだ……!?」

 それもそのはずだ。

 キングモンキーの丸めた背中から噴水の水のように血液があふれ出し、あたりに飛び散ったのだ。

「うわっ。避けろ!」

 背中の一部がコブのように盛り上がった。その肉が弾け飛んだ時、そこに現れたのは、槍を構え得意満面を浮かべたお嬢様だった。

 その黒装束は血と肉にまみれ惨憺さんたんたるありさまだが、お嬢様は気にした様子もない。腕にへばりついた血肉を肉厚の舌でなめとってみせた。

「あれ、確か毒なんじゃ……?」

「あの人は魔王の娘……おそらくあらゆる毒は無効な体質なのでしょう」

「どっちでもいいや。お陰で時間が稼げた」


 ここでぼやぼやしているおいらじゃない。

 白ローブたちがあっけにとられているすきに、腕を巻いていた縄を外し、腰にまかれていたロープも外した。おいらにかかれば、こんなことお手の物だ。

「お見事ですね、ミルズ殿。どうなさるつもりですか」

「とりあえず盗まれたものを取り戻そうかな。盗まれっぱなしじゃ『盗賊』のプライドってものが地に落ちるよ」

 おいらは低い身長を活かしてこっそり近寄ると、白ローブが鞘におさめていたおいらの「透明化のナイフ」を奪い取る。

 これでおいらは無敵だ。

「おお、さすがはお嬢様だ。魔獣など取るに足りぬ。このまま山頂をめざすぞ」

 感興に打ちのめされた白ローブのひとりが叫んだ。それにつられて、白ローブが合いの手を打ったり、歓声を上げたりする。

 そのすきにおいらは、透明化をし、ある武器を探す。

 邪悪な武器を破壊する聖なる手斧だ。

 それさえあれば……。

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