幕間5 お嬢様

 アタシの弾くエリック・サティ『グノシエンヌ第一番』。繊細なピアノの音色が洞窟の広大な空間に響き渡る。

 アタシの前でかしずいている異世界のアホどもにはこの曲のよさが分かるのかしら。ここに現れてから、首を垂れて微動だにしていない。

「もう一度聞くけど、貴方たちは星神さん……ホッシーさんを見失ったということなのね?」

 アタシは手を動かしながらたずねた。

「我々としても必死にあたりを捜索したのですがーー」

 大司教のサントスはしどろもどろになり、哀願するようなまなざしでアタシを見てきた。サントスったら、なにやら新しいマントを身に着けている。おしゃれのつもりかしら?

 アタシは美しいメロディーに酔いしれる。悲しいでもなくうれしいでもなく感情はその中間を往き交う。

「弁解はいいのよ。ちゃんと谷底までまで捜索したのよね?」

「谷底は深く、広くござる。いかな信徒が数多くおれど、捜索は困難かと」

 ござる口調の男はアダムという。整えたヒゲを自慢にしているアホな男だ。

「もう死んでいるでしょう」と言ったのはダークドワーフのスモールズだ。「あの高さから落ちて生きているならば、よほど運に恵まれているとしか」

「口を慎んでくだされ、ダークドワーフ殿」

 サントスがこちらをチラチラうかがいながら言った。

 スモールズは頭に来る男だが、はっきりとした物言い自体は私は気に入っている。

「もう一度探しに行きなさい。死んでいたならそれでけっこう。その状態で連れてきなさい。。せっかく本物に出会えたのに、みすみす見逃すなんてこっけいにもほどがあるわ」


「おはなしがございます。ご用命通りにホッシーめの仲間たちをとらえました」

 サントスが言った。

「ほら名乗らぬか」

 サントスがクビに縄をつけて連れてきたのは、傷だらけの者たちだった。エルフとホビット、それからコボルド。

「クロード」

 エルフが言った。

「ミルズ」

 ホビットが言った。

「そう。あなたたち、ホッシーさんの仲間というわけね。彼について教えてちょうだい。彼、私についてはなんと言っていました?」

「その質問に答えるにはあなたが何者か知らないといけません」

 エルフの男が言った。囚われて、呪いに痛みをさいなまれても、礼儀正しさを失っていない。気に入った。長髪のイケメンさんだし。

「私はホッシーさんのそうね……恋人といったところかしら」

 こう言うと、ホッシーさんの仲間の顔に動揺が広がった。

「まさか」

「そんな」

 えっえっ。何この反応。

「そんなに意外なの?」

「彼女はダイガク……? ダイガク三年のときに三日だけ付き合ってあとフラれたって言ってたよ」

 ホビットが言った。

「この世界でも恋人ができないと悩んでおられましたが……あなたのような方の話は出ませんでした」

「そう。分かったわ。きっと忘れているのね。異世界に来て記憶が安定していないのだわ。きっとそうなのだわ」

 私は理解した。

「その者どもを下がらせなさい」


「山頂へ向かう準備はどうなさいますか?」

 サントスが言った

「整えておきなさい。向かうわよ。生贄いけにえは充分にそろった。あとは儀式を行うだけ。ホッシーさんの仲間たちも贄としなさい」

「御意」

「途中で魔獣に襲われたらどうするので?」スモールズが言った。「われわれがホッシー殿を取り逃したのも魔獣に襲われたのが原因でした」

「そんなもの、最初っからモノの数に入れてないわ。アタシの力をもってすれば魔獣など恐れるに足りない。キングモンキーもシールドゲーターもね!」

「その通りですな。お見それいたしました」

 うすら笑いを浮かべてスモールズはかしずいた。

「教徒の半分はホッシーさんの捜索に向かわせなさい。もう半分は百人の奴隷を引き連れて山頂を目指すのよ」

「はっ」

 三人は声をそろえた。


 再び指を動かす。私以外誰もいなくなった洞窟で奏でるのは『グノシエンヌ第二番』。静寂と喧騒。相反する要素をひとつに取り込んだような音色に、私はうっとりする。

 長かった。

 ようやく彼がアタシのものになる。

 あることがきっかけで、アタシたちは離れ離れになっていた。


 その原因は彼にある。

 アタシというものがありながら電車で他の女とイチャイチャしていたのだ。

 浮気だなんて許せなかった――あの女は結局何者だったの? 思えばあいつを殺してから心中したらよかった。

 気がついたら、衝動的に彼をホームから線路に突き落としてしまっていた。

 その後アタシも線路に飛び込んだ。

 死ぬなら一緒がいい。

 きっと来世も一緒にいられるから。


 そうして生まれ変わると、アタシは魔王の娘になっていて、莫大な魔力とたくさんのスキルを身につけていた。

 なにこれ?

 そんなアタシのストーリーを表現するならこう。


『冴えない陰キャのアタシが生まれ変わったら魔王の娘で悪役令嬢でした』


 魔王――もといこの世界のお父様の元で暮らしている時、ふとその書棚で邪神ベルゴスを召喚し自らのうちに取り込む古代文明の邪法があることを知った。

 邪神ベルゴスは生と死を冒涜ぼうとくする神で、特定の誰かの霊魂をどこからでも呼び寄せることができる。

 これならホッシーさんをこの世界に呼び込めるじゃない。

 アタシは精霊の加護が途絶えたという魔の山に向かい、その山頂で儀式をすることに決めた。

 残念なことに、その最中にこの世界の父である魔王は勇者シンデレラとかいうやつに殺されてしまった。

 悲しんでいる暇もなく、アタシは自らに課した任務を進めることにした。


 そうしていたら、なんたる奇遇。

 ホッシーさんがこの山にいたのだ。

 彼はアタシと同じ世界に転生していたのだ。これを運命と言わずしてなんというのか。

 さっそく部下に私の元へ連れて来させるように命じたものの、取り逃がした上に、果ては見失ってしまう始末。

 まったく、運命はどうしてアタシをこうももてあそぶのか?

 それでも、どちらにしろ同じこと。

 邪神の力をもってすれば、死者を蘇らせるのはたやすいこと。

 たとえ生きていたとしてもアタシのもの。

 死んでいていてもアタシのもの。

 再開した後は、この世のすべてを滅ぼすの。

 アタシとホッシーさんの二人きりで永遠に暮らすの!  


 ピアノを弾く手を止めた。

 岩をくり抜いて作ったスツールから立ち上がる。

 いよいよ動く。

 ここからは魔王の娘・ミチルが動いて出るわよ。

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