第27話 出発の朝2
水晶玉に魔力を込めて、キング・ザ・ブルを呼び出す。キングはスーツで決めて、葉巻きを口にくわえ、机でなにか書き物をしているような格好だった。
「ずいぶん久しぶりにみた顔ぶれだな。いままで何してたんだ。野垂れ死にはしなかったようだな」
キングはそう言ってもわもわと煙を吐き出した。
「お久しぶりです、キング。お仕事中でしたか」
「ああ。大事な帳簿をまとめてたところよ。ほどよく改ざんしないといけないからな」
「面白い冗談です」
「冗談か。そういうことにしておこう。で、何の用だ」
「定期報告です。四合目の町まで到着しました。途中戦力アップのために遺跡探索をしていたんです。いろいろなアイテムが手に入って、精霊の加護ももらって成果は上々でした」
「そういうのも大事だよな。いい判断だよ。で、それからどうすんだ? そこで冒険を辞めるってオチじゃないよな」
キングは言った。
「いえ。俺たちは続けますよ。なんかこの仲間たちとなら頂上にまで行ける気がするんです。このままやれるところまでやってみせます」
「いい言葉だ」キングはにやっと笑った。「ロマンにあふれてやがる。このまま進め。その先で見つけたものを、この俺の前に差し出してくれ。俺はそれで満足さ」
「わかりました。絶対果たして見せますよ」
通信を切る前に俺はあることを思い出す。
「そういえば、そうだ。キング、俺たちの事業のこと大々的に宣伝しちゃってたりします? そのせいなのか、なんか変な騎士にからまれちゃったりしたんですけど」
「あン? んなわけねえだろ。俺は宣伝なんてしねえよ。結果を出したやつ以外はな」
「そうですか。すいません」
それなら、死の騎士タナトスはどうやって俺たちの事業を知ったのだということになる。もしかしてあの鎧の中は俺たちの知ってるやつだとか?
「用は終わりだな。俺は仕事に戻る。達者でな」
「次は頂上から連絡します、キング」
今度こそ水晶玉の通信を切った。途切れる寸前に、キングが「あいつらマジで誰だっけ」などと言ってたような気がするが、気にしないでおく。
「さて、キングの報告も済んだし、さっそく登山を再開するとしようかね」
「あらたに物資も仕入れましたし、このまま頂上を目指すのみですね」
クロードは表情を引きしめた。真面目な顔をしているとこの男のイケメンぶりが引き立つ。
「シェルパとして忠告ですが」とバニヤンが言った。「ここから先は伝説にある通りの魔の山が姿を現します。覚悟のほどはよろしいでしょうか?」
「ふん、わしらを誰だと心得ておる。山の精霊の加護を受けた者たちじゃ。怖いものなどないわい」
ビッグスは胸を張った。
「はん。全員でオッ死ぬのがオチだぜ。俺を巻き込むなよな。マジで」
ドンクは悲しげな声で言った。
「まあまあ、おいらたちに任せなって。一人も殺させはしないよ」
ミルズの声は自信に満ちていた。俺たちだっていままでいろんな体験をしている。そういったものに裏打ちされた自信なのだ。
「…………」
ワンドルは特に何も言わなかった。
「じゃあ、出発進行!」
「おう!」
一同声を合わせた。大粒の雪が降りしきるなか、スパイク付きの毛皮のブーツで石畳の道を歩いた。ロバの背中の積み荷がぎしぎしと揺れる。俺たちの本当の冒険がここからはじまるのだった。
「ホッシーさん、ホッシーさん」
誰かが俺の肩を叩いた。
「レイニーか。どうした?」
珍しいやつが話しかけてきたものだ。そのカエル顔をにやにやさせている。いつもは真面目な印象なだけに、すこぶる不気味だ。
「ホッシーさん、昨晩はお楽しみだったんでしょ? あの奥さんと……」
と言葉をにごす。
こいつの言いたいことが分かった。
「いや、俺はなにもなかったよ」
「またまたあ。あの奥さんも好きモノなんですよねえ。私もお誘いを受けたことがありますよ、ハイ。奥さんってば、ホッシーさんを狙っていた様子でした。ギラギラした目で見てましたから」
「ああ。旦那の命令なんだろ……エグいことさせるよな、あいつも」
バニヤンを見やった。こいつはちょっとした下ネタ好きってという程度の印象だったが、裏ではあんなにエグいことをしていたという事実に驚かされる。
「へえ。そんなことを言ってたんですか。でも、ウソですから。それ」
レイニーは断言した。
「えっ!?」
「逆にバニヤンさんは奥さん一筋ですよ。もし奥さんの浮気がバレたら相手を殺すでしょうね。めった刺しにして殺すでしょうね」
「ちょっと待ってくれよ……あの奥さん、そんなウソついちゃう人なの……。てか、バニヤンやばくねえか? ヤンデレ?」
なんだか頭痛がしはじめる。人間不信に陥りそうだ。
「まあまあ、この件は私たちの間の秘密と言うことにいたしましょう」
「いやいや、だから何にもなかったよ!?」
「はいはい、私も何もありませんでした」
「待て待て、俺が何かしてしまったみたいじゃないか!? 勘弁してくれよ!」
「どうしたんですか、ホッシーさん? レイニーも。何かありましたか?」
バニヤンは屈託のない笑顔を向けた。
「いや……」
「何もないよ、バニヤン」
レイニーは不敵に笑った。
「そうだ。忘れるところだった。妻がみんなに弁当を作ったんです。お昼はそれをたべませんか」
「うれしい。奥様やさしいね。おいらうれしいよ」
「おお、手作り弁当とはうれしいものじゃ」
仲間たちは大いに喜んだ。
その後弁当を開封したのだが、俺の弁当の中には奥さん直筆の手紙が入っていた。
『逃がした魚が大きいほど火がつく私です。
お慕いしておりますお慕いしておりますお慕いしておりますお慕いしておりますお慕いしておりますお慕いしておりますお慕いしておりますお慕いしておりますお慕いしておりますお慕いしております
いつかまた出会いましょう。そのときは……ふふふ』
ヒエー。
恐ろしい旅になりそうだ。
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