第13話 キャンプファイア
二号目に差し掛かったあたりだ。その夜、俺たちは火を囲んで
「しかし、つくづくこの冒険は狂気の沙汰だ。巨大ネズミと巨大ミミズが相撲をとるようなものですね」
バニヤンは言った。みんな腹を抱えて笑っていた。
「いやあ、バニヤンは面白い人ですね」
クロードが言った。
「俺には転生者だから、異世界ジョークはいまいちわからん」
「このジョークが分からんとは不幸なやつめ」ビッグスはご機嫌に笑った。「気に入ったぞ。うさぎ耳の。これからも冗談で笑わせてくれ」
「やめてくださいよ。僕はハーピィやマーメイドじゃないんですから」
バニヤンの言葉にみんなが笑った。やっぱり分からん。
「ドンク、俺とお前だけだよ。ここで異世界ジョークが分からないのは」
「こいつロバと話してるぞ。救えないくらいのアホだな」
ドンクは言った。
「お前、そりゃないだろ」
「そういえば、ホッシーは転生者だったんだっけ。生前の世界はどんなところだったの?」
ミルズは言った。
薪がばちばちと音をたてて火花を立てた。ミルズの整った顔を赤く染め上げていた。
「一口に説明するのが難しいな。なんせ、こことは世界構造が違いすぎるから。魔術はなかった。魔獣もいなかった。妖精も亜人もいなかった」
「なんじゃそりゃあ。人間のだけの世界か。よくそんなところで生きてこれたもんじゃな」
ブランデーをゴクリとやった後で、ビッグスが言った。
「本当だよ。なんとか生きてた。人間どこでも生きようとすれば生きられるもんなんだ」
「魔術なしにどうやって暮らしていけるのか想像もできませんよ、ホッシー殿」
クロードは腕を組んだ。
「魔術はないが、科学は発展していた。片手サイズの携帯端末を使って遠隔地の人間と話したり、情報を得たり、写真を撮ったりした」
「写真ってなに?」
ミルズは首を傾げた。
「説明が難しいが、現実の風景を絵のように切り取って残しておくんだ。それを写真という」
「そんなことをしてどうするんじゃ」
「思い出として取っておくんだよ。家族や友達と集まったときに撮っておいたりするだろ。そうすれば、こんなことがあったなあと後から思い出せる」
「そういうものがあるのなら」とバニヤンは言った。「私は女の裸を撮っておきたいですね」
「実にするどい。世の中そういうものであふれていたよ」
「私その世界に転生したいです」バニヤンは目を輝かせた。「いや……妻を裏切るわけにはいかないか」
「お前はどうせ自分の粗末なイチモツを撮っていたいけな女に送り付けてたんだろ、この気持ち悪い変態犯罪者」
ドンクが言った。
「そんなんやらねーよ」
「ところで、情報とはこの場合なんですか? どういった意味を指すのです?」
クロードが首をかしげけた。
「えーと、一口に説明が難しいな。例えば、世の中の至る所でどんなことが起きてるのか瞬時に分かるんだ。世界のどこの国で戦争が起きたとか、どこの国とどこの国が友好関係を結んだとか。あるいは親しい人たちの出来事――結婚した、出産した、離婚したとか個人的な話まで。また、さまざまな技術や知識にアクセスできる。誰でもだ」
「それはまるで夢のような世界ですね! あなたが独特のボキャブラリーを持っているのは元いた世界の影響が大きいようですね」
「それなら、ホッシーの世界の人たちはみんな賢いんだろうなあ」
ミルズが言った。
「痛いところをつくな。それがそうでもなかったんだよ。大抵の人間は情報をさばききれない。俺たちの知識は底上げされたんだろうが、情報に振り回されてばっかりだった。かくいう俺もそうなんだけどな」
「ふうん。どの世界もうまくいかないんだね」
「転生者ということはホッシーは一度死んでいるんだよね」ワンドルが言った。「ホッシー、君は前世でどうやって死んだんだい?」
「それ聞いちゃうか?」
俺はうーんと考え込む。
「お前はどうせバナナの皮かコンビニの袋に足を滑らせて転んで死んだんだろ」
ドンクが言った。
「気になります」
「聞かせてよ」
「聞いてやらんこともない」
「…………」
「電車――誤解を恐れずにいうと超スピードで走る馬車だ――を待っている時に誰かに背中を突かれたんだ。俺は電車の前に飛び込む形になり、そのまま命を失った」
「殺されたということですか……」
「ああ」
「どいつの差し金だったんじゃ?」
「分からない」
俺は言った。
「俺はうらみを買うようなタイプじゃない。友達は少なかったが、そうでない奴らともあたりさわりのない付き合いを続けてきていた。そうなるとサイコパスな野郎の犯行としか思えないね」
実はそいつの顔を見ている。こっちに向けられた不気味な笑い顔も見ている。
だが、そいつが誰なのかはかけらも思い出せない。
「復讐したいか、そやつに」
ビッグスがたずねた。
「殺されて転生した当初はそりゃくやしかったし、やれるもんならってやりたかったさ。でも、今さらどうにもならないからな。それに今の生活がそれなりに楽しい。スマホのない世界だけど、ここでの暮らしも悪くない」
「ホッシーは、おいらたちといられて楽しいってこと?」
ミルズは顔を赤らめながら言った。
俺は仲間の顔をひとりひとりのぞき込む。最初は酒場で愚痴り合うだけの仲だったのに、こうして一緒に旅に出るなんて不思議なもんだ。
互いに信用し合い、いい関係が築けていると思う。
……いつかそなたにも心強い味方が現れるでござろう。その時を待つのでござる
どこぞの剣士、あんたのいう通りだったよ。ありがとう。
「まあ、そういうことにしておいてくれ」
俺は言った。
しかし、俺の言葉はかき消えた。
なにやらガサガサいう音にかき消されたからだ。
「何やつだ!」
クロードが鋭い声でさけんだ。
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