第2話 魔王討伐

「おっと、その話おもしろそうじゃねえか」

 となりのテーブルから身を乗り出してきた男がいた。やたらと背の高い男だった。シワのよった顔に浮かぶのは不敵な笑顔。年の頃は六十歳ごろで、ごま塩色の頭をしていた。黄金羊ゴールデン・シープの毛で編まれたコート、ダイヤやルビーで装飾された銀の杖。明らかに金持ちだった。

「失礼ですが、あなたはどちらさまでしょうか」

 クロードはたずねた。

「俺かい? 俺はキング・ザ・ブル。プロデューサー業の男よ」

 キング・ザ・ブルと名乗った男は胸をそびやかした。

「プロデューサーだって!?」

 俺は仰天した。


 この言葉を聞くとポップ・ミュージックの世界を思い浮かべる読者が大半であろうから、簡単にその内容を説明しておく。

 この世界でいう「プロデューサー」とは、要するにスポンサーのことで、冒険の支度金を出資してくれる人間のことをいう。

 なにか大掛かりな事業――例えば、船で新大陸を目指すとか、洞窟に棲まう巨大ドラゴンを退治するとか――があれば、どうしても先立つものが必要になる。財を蓄えた冒険者であれば、そういった事業にも乗り出しやすいが、若くて才能はあるが金のない冒険者には夢のまた夢という話になってしまう。

 そんな時、力になってくれるのがプロデューサーだ。


 プロデューサーは大抵が金にあまった人間で、自分の名誉のため、あるいは世界を良くしたいという意思のために、冒険者に金を出してくれる。

 事業は大きいものもあれば、小さいものもあるが、プロデューサー連中が好むのは、人をびっくりさせる大掛かりなものだ。プロデューサーは目立ちたがり屋で、人の注意を引くようなことが大好きなのだ。

 普段は特別なこともないかぎり公の場で姿を見せることはない。

 まさかこの場末の酒場で出会えるとは。


「いやはや、あのプロデューサーのキング・ザ・ブル様が、私どもになんの御用でございますかね? 大変興味深く」

 前世の会社勤めで身につけた愛想笑いで対応する俺。ぺこぺこ頭を下げる。

「その話乗ったって言ってるんだよ。面白そうじゃねえか。スキルもねえ連中が徒党を組んでなにか大きなことをやろうってんだからよ。ロマンを感じるぜ」

「じゃあ、おっちゃん、おいらたちにお金を出してくれるってことかい?」

 ミルズはたずねた。

「おうとも。お前らの気概を買うぜ」

「キング・ザ・ブルに乾杯!」

 ビッグスは声を張り上げた。

「…………」

 ワンドルはしっぽを振った。


「プロデューサー、では早速お話を詰めてまいりたいのですが」と俺。「さしあたって我々にどのような事業に乗り出すことを希望されていますでしょうかね? 我々としても最大限できることにチャレンジしていく所存ではありますが――」

「お前らは魔王討伐に乗り出すんだよ」

「は? 魔王討伐?」

「そうだ。ロマンがあるだろ、魔王討伐!」

「魔王討伐に乾杯!」

 ビッグスは声を張り上げた。

「いやあ、あのう、キング・ザ・ブル様。魔王討伐とは非常に……もっとも困難な事業に思われますね。そのような事業、見ず知らずの我々に任せられるものなのでしょうか?」

 俺は冷や汗を垂らしながら言った。

 魔王だって……!?

 あらゆる悪の源泉。世界中を阿鼻叫喚で満たし、地獄に塗り替えようとする男。闇の王国ヘルラウンドに一千年君臨し、人間や妖精、亜人たちの王国にことあるごとに戦争を仕掛けてきた。千もの邪悪な臣下を従え、難攻不落の魔王城にすむ男。そんなやつにどう挑めというのだ!?


「もともとは俺も冒険者でスキル持ちなんだよ。このスキルで相手の言葉にウソがないか判別できるんだ。お前らは自分の能力にそこそこの自信を持ってる。そのことだけは確かだ。そんなお前らを信じているぜ」

「キング・ザ・ブル。おみそれしました」クロードはうっとりと言った。「確かに私たちはスキルがなくとも自信はあります。魔王討伐。必ずや達成してみせようではありませんか」

「ちょっと待て。そんな大変なこと勝手に決めるな! 無理にもほどがあるだろ! 魔王だぞ? 魔王討伐だぞ?」

「まあまあ、ホッシー。おっちゃんがそれでいいって言ってるんだからいいじゃない」

 ミルズは言った。

「そうだ、馬鹿者。余計な口をはさむでないわ」

 ビッグスは言った。


 ――まあいいか。

 俺は考えを変える。

 できない約束をすることだってビジネスの裏ワザなのだ。


「キング・ザ・ブル。あなたのたっての願いであればそういたしましょう。魔王討伐、その困難な事業へと乗り出してみせます」

 などと無難なことを言う俺。

 こう言っておけば、ウソではないので非難されることもない。魔王を倒すことができなくてもウソにはならない。

 うまく行かなかったところで、『チャレンジしたけどダメでした』などとベストエフォート型の言い訳をすればいい。

 この事業の初期投資で最低限の武器や防具や装備品をそろえることができれば、その後の冒険も有利に働くというものだ。


「決まりだな、スキルなしども。祝杯といこうじゃねえか」

 キング・ザ・ブルはワインのなみなみ入ったさかずきをかかげた。

「魔王討伐に乾杯!」

 俺たちも盃をかかげた。

 そのときだった。


 プルルル……。

 キング・ザ・ブルは懐に手を突っ込み、なかから水晶玉を取り出した。その途端、水晶玉から濃密な黄色い光が放たれた。光はやがて、等身大の人間を描き出す。

「水晶玉の遠隔通話か」

 文明の遅れたこの世界でも遠く離れた者同士でコミュニケーションを取る方法はごまんとある。その一つが水晶玉だ。


 光が描いたのは、明らかに冒険者といった風体の女性だった。切れ長の目に、美しく長い髪。白銀のビキニアーマーを身につけていた。

『キング・ザ・ブル……! やりました。わたくしたち、やりました!』

 その女は言った。

「なにをやったんだ?」

『魔王を倒しました……!』

「本当か!?」

『これが証拠です』

 女は何か大きなものを持ち上げた。それは明らかに切り取られた魔王の頭部だった。

 グロっ。

 ってか……。

 いきなり事業終了のお知らせか……?

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