7 決壊した涙腺
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「レオンハルト王子殿下。私事で大変申し訳ないのですが、もう少しだけお休みを頂けませんでしょうか……」
結婚間近に突然婚約を破棄されてしまった私は、事実確認等で一度辺境にある子爵家に帰る事を余儀なくされてしまい。
何日も侍女のお仕事を、お休みさせて頂いておりました。
だからこれ以上、レオンハルト第一王子殿下や職場の皆様にご迷惑をお掛けするわけにはいかないのですが。
今回の婚約破棄は少々精神的なショックが強かったらしく、頭と身体が思うように動いてはくれなくなってしまって。
レオンハルト第一王子殿下の元に、暫くの間休職をさせて頂けないかとお願いをしにやってきた次第です。
「うん。私は大丈夫だからマリアベルはゆっくりと休養しておいで。色々あって疲れたんだろう?」
「っ……レオンハルト王子殿下! 本当に、本当にありがとうございます」
レオンハルト第一王子の優しい言葉に、瞳から涙が溢れ落ちそうになるのを必死に堪える。
だってここにはレオンハルト第一王子殿下だけではなく、側近の方々や侍女長様もいらっしゃる。
だから恥ずかしい姿は見せられない。
それにここでみっともなく泣いてレオンハルト王子殿下を困らせるなんて、侍女としての名折れ。
だから私ははポロポロと溢れそうになる涙を、侍女としての矜持で押し留めます。
「でも元気になって帰ってきたら、また美味しい紅茶を入れてねマリアベル? それにエリザベスも君のこと、すごく心配していたんだよ」
「え……エリザベス様が私の事を?」
エリザベス・ルーホン公爵令嬢はレオンハルト王子殿下の婚約者で、この国の未来の王妃殿下。
その美貌や品位、社交スキルはわずか十五歳だとは思えないくらい完璧でございまして。
流石はレオンハルト王子殿下の婚約者に選ばれる、ご令嬢だなと王宮でお会いする度に思っている私なのでございますが。
エリザベス様が私の心配……?
エリザベス様のお兄様、クロヴィス・ルーホン様と私は友人関係でそれなりに親しい間柄ですが。
私とエリザベス公爵令嬢の関係は、心配をして頂くほど親しいわけではなく。
レオンハルト王子殿下の元で働く侍女と、レオンハルト王子殿下の婚約者という関係でございまして。
レオンハルト王子殿下とエリザベス様がお会いになられます時に、お茶を入れてお出しするくらいのもの。
そこには接点らしい接点もなく、会話らしい会話すらしたことのない関係なのですが。
「マリアベルは全く気付いていなかったみたいだけど、エリザベスは以前から君に憧れていてね? 私といるというのに彼女は君の話ばかりするんだよ、妬いちゃうよね」
「え……憧れ、ですか? この私に、あのエリザベス様が? え、どこをですか!?」
「君の幅広い知識や、美しい所作、そしてお茶の入れ方とかなんとか言っていたかな? 確かに君は色々と凄いからね」
「え、あの? 私のそれは貴族令嬢……いえ侍女としては全て当たり前の事で……エリザベス様が憧れられます点はどこにも見当たりませんが……」
「んー……それを侍女の当たり前にしてしまうと王宮で働いてくれる侍女がマリアベル、君一人だけになってしまうね?」
「そんな大げさです、レオンハルト第一王子殿下。私の所作は貴族令嬢としては当たり前でございまして、知識は家にありました書物や家庭教師から学んだもの、それに此方で働き始めてから覚えたモノでございます」
「これが当たり前かぁ……だからエリザベスが憧れるんだろうね……」
私の根本となる知識や所作は、子爵家にあった本や家庭教師達から得たモノ。
妹のリリアンは本を読むのが嫌いだったから、本だけは私から奪わなかった。
そしてあの子は勉強も嫌いだったから、私に家庭教師をすべて押し付けて逃げるを繰り返した。
だから私は知識を得られた。
ただし最終的には。
勉強を嫌がったリリアンが駄々をこねて家庭教師の皆様を追い出してしまわれまして。
お勉強が途中で出来なくなってしまい、とても残念でした。
ですが得られた知識と淑女教育は形のないモノ。
それはリリアンが唯一奪えなかったモノで、私だけの大切なモノですが。
あのエリザベス様に憧れられてしまう程の、モノでは決してないはずで。
「ふふふ、レオンハルト殿下。マリアベルにそれを言っても無駄ですわ。その子は本当にそれが当たり前だと思っているのですから」
そう、おっしゃったのは。
レオンハルト王子殿下と私のやり取りを、ずっと後ろで見守っていらした侍女長様で。
「侍女長様……」
「マリアベル、皆が貴女の事を心配しております。なので貴女は休んで来なさい。レオンハルト王子殿下の事はこの私に任せて頂戴。それに貴女は普段働き過ぎなくらいですから、レオンハルト王子殿下も快く許可して下さった事ですし、ゆっくりお休みになられなさいな」
「じ、侍女長様っ……!」
と、侍女長様が優しい言葉を私にかけてくださいまして。
ギリギリの所で必死に耐えていた私の涙腺は、あえ無く決壊致しました。
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