39 蜜に群がる蟻達

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 皆と揃いの侍女服ではなく、清楚なドレスをマリアベルが着用するようになってから。

 王宮を訪れる貴族達のマリアベルを見る目が、明らかに不快なものへと変化した。


 それはまるでマリアベルを侍女としてではなく女として値踏みするような、不躾で卑らしい視線。

 加えてことあるごとに、マリアベルと二人きりになろうと画策する貴族達。

 

 そんな貴族達の不快な視線に第一王子レオンハルトは、眉間に皺を寄せ不快感を隠す事無く表した。 

 これ以上私の侍女に近づけば誰であろうと容赦はしない、とその瞳は雄弁に語り。


 そしてその冷たい視線に気付いた貴族の男がまた、蜘蛛の子を散らすようにいそいそとマリアベルの元から退散していく。


 その姿を厳しい顔で見送ったレオンハルト第一王子は、つい溜息をついてしまう。


「不愉快極まりないね」


「レオンハルト王子殿下が溜息をつかれるなんて珍しいですね、どうかされましたか?」


「……なのに本人はそれに全く気付いてない。仕事に関しては優秀なのにね、マリアベル?」


「はい?」


「ううん、ひとりごとだからマリアベルは気にしないで? でも何の用だったの、今の貴族」


 この鈍感に変に意識させても余計に面倒な事になりそう、そんな予感がして。

 話を逸らすレオンハルト第一王子。 

 

「庭園までの道案内を頼まれただけですわ。ですが私は職務中だとお断り致しました……でも、おかしいですね? 外は雨ですのに庭園に行かれるなんて」


「……ふぅん」

   

「あ、レオンハルト王子殿下! エリザベス様がお待ちになっておられますので急がれませんと……」 

 

「そうだね、急ごうか、あまり長く待たせすぎるとエリザベスが機嫌を損ねてしまうね」 

  



◇◇◇




 隣国アウラからやってくるという大使も大いに厄介だが、自国の貴族達の存在も厄介で。

 フォーレ伯爵家の養女に、マリアベルがなったと言う噂がどこかから広まってから。

 伯爵家と縁を結びたい者達が郡を成して、我先にとマリアベルに近付いてくる。

 

 自分の近くにいるときなら変な虫からマリアベルを守ってやれる、だがずっと傍にいるなんて事は実際出来ないわけで。

 友人の初恋を応援したいレオンハルト第一王子は、憂いを帯びた顔で思案する。


「レオンハルト様? 私とのデートで考え事をなさるなんて……いい心構えをされておりますわね?」 

 

「ああ、エリザベスか……」


 ぼんやりと考え事をするレオンハルト第一王子に、婚約者のエリザベス公爵令嬢は機嫌を損ねる。

 

 今日はエリザベスが指折り数えて楽しみにしていた、週に一度の顔合わせの日。

 なのにレオンハルト第一王子はどこか上の空で、会話していても空返事ばかり。

 それではエリザベスが腹を立てるのも、仕方ないというもので。 


「私とのデートは、レオンハルト様にとっては退屈ですのね? 今日お会いできるのを、エリザベスはとても楽しみにしておりましたのに……」


「あ……いや、そんな事はないよ? ごめんエリザベス、少し考え事をしていたんだ」


「その考え事とはなんです、私とのデートより大事な事なんですの?」


 『考え事』について。

 エリザベスにそれを話てもいいのか、レオンハルト第一王子は少し悩んだ。

 

  だがエリザベスは将来の王妃でありレオンハルトが心から信頼する婚約者、それにクロヴィスの妹。

 この件に関して無関係というわけでもないし、口が堅いのもレオンハルト第一王子は知っている。


「今から話す事を誰にも話さないと誓ってくれるかい? それは家の人間に対しても」


「あら、レオンハルト様? 私はとても口が堅いのよ、ご存知なかったかしら?」


「ああ、知ってるよ? じゃあ話すけど、静かに聞いてね? マリアベルに聞かれると話がややこしくなるかもしれないから」


「あら……マリアベルお姉様に?」


 扉の前で待機するマリアベルに聞かれないように、こっそりとレオンハルトはエリザベスに耳打ちする。

 真面目なマリアベルがこの事を知れば、国の為にその打診を受けてしまうかもしれない。

 

 それはレオンハルト第一王子としては避けたい。

 王子なので国の事は大事だが、国の利益の為に大切な友人を不幸にはしたくないのだ。


「つまりは、こういう事なんだけど……」


「なにそれ! 最低っ……そんな命令をクロヴィスお兄様するなんて、国王陛下はどうかしてるわ! それに縁を結びたいからって、私の大事なお姉様によからぬ思いを抱くなんて許せませんわ!」


「あはは、だよね? エリザベスも同じ気持ちで私は嬉しいよ。でもここは王宮だからね、不敬になっちゃうから大きな声ではそれ言っちゃ駄目だよ?」


 『無能な国王は退け』と剣を国王の首筋に突き立てて言った事を、棚に上げて。

 レオンハルト第一王子はエリザベスを窘める。


「あら、私とした事が……失言失礼致しました」


「だから少し考え事してしまっていたんだ、ごめんねエリザベス。君とのデート、私も楽しみにしていたんだけど……」


「いいえ、その理由ならば致し方ありません。レオンハルト様、私も一緒に何か対策を考えますわ! それにお姉様の為ならば協力も惜しみません」


「ほんと……? エリザベスが協力してくれるなら、百人力だよ」


 エリザベス・ルーホン公爵令嬢の影響力は同年代の若い令嬢達だけに留まらず、年配の貴婦人達にも絶大で。

 現在の社交界の頂点が王妃アイリーンならば、次点はエリザベス公爵令嬢だろう。


 それに加えてエリザベスは、隣国の女王と親友だと噂されるフォンテーヌ公爵夫人と何故か大層仲が良い。

 そんなフォンテーヌ公爵夫人はあまり社交界には顔を出されない方として大変有名で、レオンハルト第一王子は顔を見た事すらない。


「フォンテーヌ公爵夫人にも助力を頂けないか、私伺って参りますわ!」


「それはとても助かる、フォンテーヌ公爵夫人はあまり社交界に顔を出されない方だからね」


「それはまあ……そういう方ですのでフォンテーヌ公爵夫人は。お茶会や夜会で会えたら奇跡です」


「奇跡……?」

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