40 どの口がそれを言うのか、それでも懲りないうつけ者
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屋敷の調理場から繋がった石の階段を使い地階へと降りていけば、そこには閂で閉ざされた古めかしい木製の扉が一枚。
そこは今は閉ざされていて中を窺い知る事は出来ないが、その扉の先はラフォルグ侯爵家の貯蔵庫として長年使われている明り取りの窓すらない狭苦しい空間が広がっている。
その空間は酒の貯蔵庫として使われるくらい年間を通して一定の温度が保たれていて、酒の保存にはうってつけの場所なのだが人が滞在するには完全に不向き。
そんな貯蔵庫に侯爵の命令で連れていかれたオズワルドは、両腕の血管が浮き出るほど力を込めて、閉じた扉を強引に開けようと暴れていた。
「はー、はー、クソがっ……」
だが貯蔵庫は外側から閂で鍵が掛けられていて多少強引に力を加えたくらいじゃ開く筈もないが、オズワルドは何度も何度も懲りる事無く扉を開けようと引っ張ったり押したりを繰り返す。
どんなに力を込めても扉を開けられない。
そんな現状にオズワルドは苛立たしげに床に座り込み、ブツブツと一人文句を垂れる始める。
「婚約を破棄したくらいでどうして、リリアンはマリアベルと同じ子爵家の令嬢じゃないか……!」
王宮で第一王子の侍女をマリアベルがしているといっても結局は侍女でしかなく、そこまで特別というわけでもない。
それに比べて自分は、侯爵になる為にこの世に生まれてきた特別な人間。
何故特別でない女の為に、こんな場所に閉じ込められなければいけないのか。
「それに少し教会の前で騒いだ程度で廃嫡なんてやはり納得が出来ない、服も汚れたし腹も空いた。殴られた場所も痛む、なぜあの程度の事で自分がこんな目に……」
と、やはりオズワルドに反省の色は見られない。
「いくらなんでもコレじゃ罰が重すぎる……この侯爵家に跡を継げる者など私しかいないというのに、もしや遠縁から誰か連れてくるつもりか? そんのこと絶対に許さない、この家は私のものだ!」
そしてさらに憤るオズワルド。
この男はラフォルグ侯爵家の後継者は自分しかいないのだと、今まで信じて疑わなかったから。
「そんなにマリアベルと結婚して欲しいなら、してやる……リリアンには多少劣るが、あれはあれで私に従順で可愛いからな。それに閨も私が躾てやれば、物覚えのいいマリアベルなら楽しませてくれるだろうしな……」
そんな大変気色の悪い妄想を呟いたオズワルドは、ニチャリと嫌な笑みを浮かべ楽しそうに笑う。
それをもしクロヴィスやレオンハルト第一王子が聞いていたら、確実にオズワルドは袋叩きに合っていたことだろう。
けれどとても残念な事に、ここにはそれを咎めたり罰してくれる者は一人としていない。
いるのはオズワルドと溝鼠くらいのもので。
――ガチャ、カタン
狭苦しく暗い空間に硬質な音が響く。
その音のする方を向けば。
ギギギッ……と音を立てて開け放たれる扉に、差し込むオイルランプの灯り。
それとオズワルドの母、ラフォルグ侯爵夫人の姿がそこにはあった。
「オズワルドっ……大丈夫!?」
「母さんっ……!」
オズワルドに駆け寄るラフォルグ侯爵夫人、その手には食料が入ったバスケット。
「ああ、こんなにやつれて……! どうしてこんな事にっ……」
「いったいここに何をしに来たんですか、母さん」
「……オズワルド、お腹空いたでしょう? 少しだけど食べ物を持ってきたのよ」
サンドイッチやワインが入ったバスケットを、オズワルドに差し出して微笑む侯爵夫人。
侯爵にはオズワルドに何も食べさせるなと厳命されてはいたが、やはりそこは母親。
息子に何も食べさせないわけにはいかないと、侯爵の目を盗んで食べ物をこの貯蔵庫まで隠れて持って来たのである。
「……ここにいったい何をしに来たのかと、私は母さんに聞いているんですッ!」
「あ、それは……」
けれどそんな親の心子知らずというか人の親切心を無下にしてオズワルドは、なんの罪もない侯爵夫人を責め立てる。
元はと言えば全てオズワルドが侯爵に内緒でマリアベルと婚約破棄したり、色々と好き勝手にやらかした結果だというのに。
「どうして今さら私の所へ来たんですか? 父さんに殴られている時、助けてもくれなかった癖に……」
「っごめんなさい、でもね……それは!」
「それになんです? ああ言い訳ですか、それに今さら母親顔するんですか……それはそれはいいご身分ですね?」
『どの口がそれを言うのか』
ここにもし第三者がいたとすれば、そうオズワルドに指摘するだろう。
が、やはり誠に残念ながらここに指摘してくれるような第三者はいない。
「オズワルド、もう貴方は駄目なのです。だから諦めて大人しくしていなさい。そうすればお父様も貴方の事、廃嫡だけで許してくれるはずよ……?」
「廃嫡だ、け……? なにが廃嫡だけですかっ! 廃嫡されたら私は……!?」
廃嫡されればその時点で貴族としての終わりで、華やかな社交界にも大手を振って出ることは出来なくなるだろう。
それに無理して社交界に出て行けば。
廃嫡された男として一生後ろ指を指され、嘲笑の的にされてしまうだろう。
そんな扱いはオズワルドには耐えられない。
「それでも廃嫡だけなら貴方の事、この母がずっと世話をしてあげられるわ。だから……ね? お父様の言うことを聞いて反省するのですよ、オズワルド」
そっと侯爵夫人はオズワルドの肩に手を乗せて、反省を促す。
このまま暴れ反省する態度を全く見せなければ、夫は廃嫡だけでは済ませてくれないだろう。
そうなれば世話をしてやれなくなる。
「嫌ですよ廃嫡なんて、マリアベルと結婚すれば貴方達はそれで満足なのでしょう?」
「オズワルド……?」
「いいですよ、結婚相手はマリアベルで妥協します。少し残念ですがリリアンとの結婚は諦めますよ」
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