57 その行いの代償

57


 最低限死なない程度の治療だけを施されて。

 王宮にある古びた地下牢に放り込まれたオズワルドは、簡素な寝台の上で苦しげに浅い呼吸を繰り返していた。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 とめどなく襲い来る激痛に一人耐える。

 どうして自分だけがこんな酷い目にばかりあわなければならないのか、オズワルドは自分の行いを棚にあげてその不幸を嘆く。


「マリア……ベ、ル……くそっ……!」

 

 そしてその全てをマリアベルのせいにして、その名を憎らしげにぼそりとつぶやいた。

  

 オズワルドはまるで理解していなかった。

 自分がいったいなにをしでかしてしまったのか、そしてその行いによってこれから自分がどうなってしまうのかを。


 ただそれをほんの少しでもオズワルドが理解していたなら、こんな最悪の事態を引き起こしたりはしなかっただろう。



 

 そしてどうにか朝を迎えたオズワルド。

 昨夜は激痛にのたうちまわり一睡も出来なかったが、処置が良かったのか死ぬ事はなかった。

 

 そんなオズワルドの元へ近付く複数の足音。

 

 いったい誰だろうかと首を動かして見れば。

 衛兵と、その後ろからオズワルドの父ラフォルグ侯爵が憔悴しきった顔でやって来ていた。


 ああやっと助けが来たと、父親の姿にオズワルドは安堵して頬を緩ませる。


「……オズワルド」


「父さんっ!」


「オズワルド、どうしてこんな事をした?」


「そんなことより早くここから出して下さい、碌に治療もしてくれず痛み止めもなくて! それにここにいたら鼻がおかしくなる……不快なんです!」


 薄暗くジメジメとした地下牢には、すえたような嫌な臭いが漂っていていて。

 確かに快適とは言いづらかった。 


「……それは、出来ない」 

 

「えっ……ど、どうしてですか!?」


「お前の晒し刑が決まったんだ。私にはもう……どうすることも出来ない、すまん」


 オズワルドへの制裁が決まったと、ラフォルグ侯爵は辛そうな表情で告げた。


「へ……? し、晒し刑って、えっ、それ……どういう……」


 晒し刑とは肉体的な刑罰ではなく、精神的な苦痛を与える事を目的とする刑罰である。

 貴族として生きてきたオズワルドにとってしてみれば、処刑されるより辛い罰である。


「他国の王族に対する暴行、並びに不敬罪だ」 


「王族? 暴行と不敬罪……ってなんですかそれ!」


 なにを言われているのかわからないといった顔で、オズワルドはラフォルグ侯爵を問い詰める。

  

 他国の王族なんてオズワルドは知らないし、この国の王族にすら王宮の夜会以外では会ったことすらない。

 それに自分が他国の王族を暴行しただなんて、事実無根で全くもって意味がわからない。


 自分はマリアベルを侯爵家の屋敷に連れて行こうとしただけ、特に犯罪らしい犯罪すらしていない。


「彼女はアウラの王女殿下だったんだ……」


「彼女……?」

  

「お前の元婚約者マリアベルさんはハインツ子爵家の令嬢ではなかった。彼女はアウラの王女だった」

 

「はぁ!? マリアベルが……なんの冗談ですかそれ、そんなわけ」

 

「マリアベルさんは今から二十年前アウラの王宮から何者かの手によって誘拐されたシャンタル王女殿下だったと、先ほど謁見した国王陛下に聞かされた」


 朝早くラフォルグ侯爵は国王シュナイゼルに王宮へと呼び出され、己の息子が昨夜なにをしでかしてしまったのかを全て聞かされた。


 そしてオズワルドに数日以内に制裁が下される事と、自分達も爵位を奪われ平民という身分にまで落とされるというもう既に決まった処罰だけを告げられた。


 それを告げた国王シュナイゼルの口調は酷く冷たくて、ラフォルグ侯爵を責めたりはしなかったが失望したと言っているようなものだった。


「そ、そんな! 父さん待って下さい、きっとなにかの間違いです……こんなのっ! ありえない、そんなことは絶対にありえない、マリアベルがアウラの王女だったなんて!」

 

 確かにハインツ子爵夫妻ともリリアンともマリアベルは似ていなかったが、隣国の王女だなんて誰が想像する!? 

 もしそれを知っていれば婚約破棄など決してしなかったと、オズワルドはリリアンに手を出しマリアベルと別れた事を酷く後悔した。 


「間違いなどではない、自分が犯した罪をしっかり償うんだ……もうお前に私がしてやれる事はない」 

 

「晒し刑なんて嫌です、ちょっとマリアベルに話があって……それで……!」


 それは決まってしまったで事今さらどうにもならないというのに、オズワルドはラフォルグ侯爵相手に必死に言い訳をする。


 だがオズワルドとしては晒し台に乗せられて民衆の前に晒され、石を投げ付けられるよりかはまだ処刑された方がマシだった。


「これは全てお前の身勝手な行いが招いた結果だ、しっかりとその身で罪を償いなさい」


「い、嫌だ……晒し刑だなんてそんな辱めだけは、絶対にっ……! うわあああっ……!」


 そんな姿を見ていられないのかラフォルグ侯爵は、辛そうに視線を逸らし。

 地下牢から静かに立ち去って行ったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る