56 会談

56


 アウラ国女王エレノアは、愛娘が帰った後の扉を眺めてふぅ……とひと息ついた。

 本当はもっと可愛い娘と話がしたかったが、この国ネムスの国王が早急に会いたいと先触れを出して来たので楽しいお茶会は直ぐにお開きとなったのだ。


「『エレノア、大丈夫?』」


 そんなエレノアの肩にそっと手を置いて気遣うのは、フォンテーヌ公爵夫人。

 この後の国王シュナイゼルとの会談の為に、通訳として残ったのである。


「『問題ないわアイリス、娘に会えたのが嬉しくて少しはしゃぎすぎてしまっただけだから!』」


「『あまり無理しちゃ駄目よ? アウラからの長旅で疲れているんだから』」


「『ええ、ありがとう。貴女がいてくれて良かった、私一人だったら泣いてしまっていたもの』」


 エレノア一人だったらきっと、あの場で泣き崩れてしまったいただろう。

 だけどそんな弱い姿は見せられない、エレノアはただの貴婦人ではなく一国の女王。

 どんな時も気丈に振る舞い、余裕の笑みを浮かべていなければいけないのだから。



 

 

◇◇◇ 




 

 そして女王エレノアの元へ、護衛の騎士を伴いネムスの国王シュナイゼルはやって来た。

 だがその顔色は、あまり良くない。


 いったいどうしたのかと、女王エレノアが国王シュナイゼルを観察していると。

 ……フォンテーヌ公爵夫人が、エレノアに事の事情をそっと耳打ちした。


「『……アイリスそれ、本当?』」


「『こんなことで嘘つかないわよ……』」


 今夜行われた晩餐会で何があったのかまでは、女王エレノアもまだ報告を受けてはいなかった。

 そして何があったのか聞けば、大使として派遣したキルデリク・アブラームがこの国でも色々とやらかしてくれたらしい。

 

 キルデリク・アブラーム。

 アウラ国では特に目立たない男で、家門はそれなりだが本人は可もなく不可もなく。

 大使に任命されたのも家門の力によるもので、本人の実力ではなかった。


 そんなキルデリクなのだが。

 二年前この国でマリアベルをキルデリクが見つけた事によりその誘拐を示唆したのではないかと、エレノアは疑い泳がせていた。


 それがつい先日、マリアベルを養育していたハインツ子爵とキルデリクが直接連絡を取った事が判明し処罰出来る最低限の証拠が出来た。

 

 だがこれだけでは言い逃れされる可能性があり、他に何か尻尾を出さないかとおもっていたら。

 

 今回の騒ぎ。

 エレノアにとっては好都合、これだけの馬鹿をやってくれたらその家門まで追求し厳罰が与えられる。

 

「『女王エレノア、歓迎します』」

 

 フォンテーヌ公爵夫人が何を女王に耳打ちしてるのか、大体予想がついた国王シュナイゼルは顔を引き攣らせながら片言の公用語で歓迎の言葉を口にする。

 

「『ええ、よろしくネムスの国王?』」 

 

 女王エレノアの隣には、通訳としてフォンテーヌ公爵夫人が付き。

 国王シュナイゼルの後ろには、護衛としてフォンテーヌ公爵が控える。

 

 そしてその傍では侍女長がお茶をいれて女王のもてなしていて、その夫フォーレ伯爵がネムス側の外交官として同席し。 

 国家元首二人の会談がはじまったのである。


 

 再会した娘は若い頃の自分によく似ていた。

 だが質素過ぎるドレスに女王エレノアは言葉を失った、若い令嬢ならばもっと煌びやかな装いを好むはず……なのにどうして?

  

 そして女王エレノアは、公用語がすらすらと話せるマリアベルの教養高さに驚かされた。 

 だか丁寧過ぎる言葉遣いに違和感を感じて、よくよく話を聞いてみれば……王子の侍女をしているという。


 王子の元で働いていると聞いていたから、てっきり女王エレノアは王子の側近をしているものとばかり考えていた。

 アウラでは能力があれば令嬢でも王太子や王太女の側近に抜擢されるし、役職にも就ける。

 

 だから女王エレノアは全くもって理解が出来ない、ネムス国王が。

 だって国王は知ったはずなのだ二年前に、マリアベルが女王エレノアの娘でアウラの王女だと。 

 なのにその娘を侍女のまま王子の元で働かせているなんて、到底理解が出来ないしエレノア自身が侮辱されたような気分になった。

 

 それに加えて宝飾品の一つも身に付けていない娘の姿に、女王エレノアは胸が痛くなった。

 

 誘拐などされていなければこの子は王女として何不自由なく過ごせていたのにと、誘拐した者達への憎悪が膨れ上がる。

 

 それにこの聡明さならば。

 本来なら今ごろこの娘が王太女となり、次代の女王候補になっていても不思議ではなかっただろうにと酷く悔やまれた。

 

 だから女王エレノアは再び決意を固めた。

 愛娘をこんな風に虐げた連中を絶対に地獄に叩き落とし、その命をもって償わせる。

 

 決して楽になど死なせはしない。

 娘が味わった苦しみの何倍も苦しめて、虐げた事を心の底から後悔させてやろう。

 そう女王エレノアは固く決意して微笑んだ。


 その微笑みに。

 国王シュナイゼルは、肩をびくりと震わせた。

 王女時代に会った時はもっと儚げな印象だった女王エレノア、だが今の彼女は王妃アイリーンよりも凄味があって。

 

「これがこの件の調査書になります、どうぞお納めください」

  

「『ええ、それはありがとうネムス国王。ですが、ひとつよろしいかしら?』」


「はい、なんでしょう……」


「『どうして私の娘が王子の侍女をしているのですか? 貴国は他国の王女に、自国の王子の世話をさせるのが当たり前との認識なのでしょうか? それとも私の事を侮辱なさっておいでかしら?』」


「っ……それは、穏便にしたいとの事で。配置替えをすると目立ってしまって、申し訳ない」


 国王シュナイゼルもマリアベルがレオンハルトの侍女を続けていることについて、少し不味いなとは思ってはいた。

 いくら本人が侍女として働く事を望んでいたとしても、その状況は看過できないもので。


 国王シュナイゼルは女王エレノアに対して、頭を下げて謝った。


「『でしたら早急に対応して下さい、娘の存在は国内外にこれから公表する予定です』」

 

「はい、それについてはこちらで直ぐに対処致します」 


「『それと先程の暴漢ですが、あれが娘に婚約破棄を叩きつけた身の程知らずという事ですか?』」


「はい、その様に認識しています。その件に関しましても早急に対処します。そしてその者の家門についても厳しい処罰を行う予定です」


「『そう。ならそちらも貴国にお任せします。ですが……ハインツ子爵と言ったかしら? それはこちらに引き渡して頂けます?』」


「……ハインツ子爵に関しては、こちらで厳罰を予定しておりますが?」

 

「『あら、そうなの? 方法は……?』」 

 

「ハインツ子爵夫妻は縛り首の後、城門に一週間晒す予定です」


「『あらそう、でもそれちょっと軽すぎない? せめて火刑くらいにはして頂きたいわね……』」


 火刑。

 それは処刑の中でも一番惨たらしいもので、見ている者達ですらその壮絶な最後に震え上がる。

 そしてここ数百年、ネムスで火刑は一度も行われたことが無い。

 

「っ……検討致します」


「『それとうちの大使についてなんだけど……』」


 ……ここからが本題。

 今回この国ネムスに、わざわざ女王自らが足を運んだ一番の理由だった。

 

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