55 女王エレノア、その素顔
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「『ずっと、会いたかった! 』」
女王エレノアは、マリアベルの身体をもう絶対に離さないというかのように掻き抱いていた。
「『エレノアお取り込み中お邪魔しちゃうけど流石にここじゃ目立つし、貴女が滞在している宮に場所を移さない……?』」
そんな女王エレノアに、フォンテーヌ公爵夫人が少し申し訳なさそうに提案した。
実際ここは王宮の端に位置する場所で、平常時なら目立たない場所。
なのだが、今は少し人通りが多かった。
「『そうねアイリス、あちらに移動しましょう! アウラから持ってきた美味しいお茶やお菓子をこの子に沢山食べさせてあげたいし……!』」
◇◇◇
気絶したオズワルドを衛兵に引き渡し、女王エレノアが滞在している白銀宮へと五人は揃って移動した。
その白銀宮は風の噂では凄いと聞いていたがその想像の十倍、いやそれ以上に絢爛豪華で初めてここを訪れたクロヴィスは一瞬言葉を失った。
美術館といっても過言ではないほど装飾が全てにおいて凝っているし、一目見ただけで高額とわかるような美術品がそこかしこに置いてあって。
ここの維持管理をするのに国庫が圧迫されていると、宰相が言っていた意味が初めて理解出来た。
そんな白銀宮の一室。
生菓子から焼き菓子、軽食まで全てアウラ国から女王自らが持参した物で埋めつくされたテーブル。
それに加え女王エレノアが手ずから入れたお茶でおもてなしをされて、クロヴィスとレオンハルト第一王子は目を丸くした。
大国の女王陛下なのに偉ぶる事もなく。
格下の自分達相手に、にこやかに接してくれる女王エレノアは普段のマリアベルによく似ていて。
本当に母娘なのだと、クロヴィスとレオンハルト第一王子の二人はこの時確信した。
「『ところでアイリス、どちらが私の娘の婚約者なのかしら? 受けの方? それとも攻めの方?』」
女王エレノアはクロヴィスとレオンハルト第一王子を交互に見比べて、フォンテーヌ公爵夫人にそう質問した。
そこはやはり母親。
愛娘の新しい婚約者がとても気になるご様子。
だがその表現の仕方は、今はちょっと止めておいた方がいいと思う。
その言葉を理解出来る者が、今エレノアの目の前にいるのだから。
「『受けよ!』」
胸を張って自信満々に、フォンテーヌ公爵夫人はそう断言した。
「『受け、ということは濃いめの茶髪に青い目のスラッとした美男子のほうかしら……?』」
「『ええ……! やっぱりエレノアもそう思うわよね!? この子は絶対に受けだって、私ずっとそう思っていたの』」
「『ふふ、私達親友でしょアイリス? そんなの当たり前よ、というかこの子。さっき勇ましい蹴りを入れてた子よね?』」
流石は親友というところかもしれないが、その発言に一人首を傾げている人物がいる事にいい加減気付いた方がいいだろう。
じゃないと後で盛大に後悔することになってしまうし、それをどう説明するつもりなのか。
「『そうそう! 運動神経も良いなんて最高、色々と捗る……!』」
「『確かに。でもこの男の子、娘よりたぶん年下よね? 顔立ちがまだ幼いわ』」
「『たぶんまだ十九歳くらいだったはず、でもその歳で宰相様のお手伝いをするくらい優秀な子らしいわよ』」
「『あらまぁ! そうなのね、でもアウラに来てくれるかしら……?』」
女王エレノアはもう事を穏便に済ますつもりは全くない、全ての者に重い罰を下しマリアベルとの関係を国内外に公表するつもりである。
そうなれば王女として王家に迎え入れたいし、出来れば同居したい。
そしてそうなると娘の彼氏が、アウラに来て住んでくれるかどうかがとっても気になるのだ。
「『公爵家の嫡男だから厳しいんじゃない? それに娘ちゃんがアウラに行くとは限らないわよ』」
「『じゃあ私が女王を辞めて、こちらの国に来ようかしら!? そうすればいつでもアイリスとお喋りが出来るし!』」
公爵家の嫡男じゃアウラへの移住は厳しそう。
ならば自分が女王を辞めてこちらに移住すればいいのではと、女王エレノアは閃いた。
それにこちらの国に来れば友人といつでも趣味について語り合えるし、娘の傍に居られる。
これは一石二鳥の名案じゃないかと、エレノアは自画自賛したくなった。
「『……エレノアは自分が女王だっていう自覚ある? なに気軽に辞めようとしているのよ』」
「『公爵夫人の自覚が皆無のアイリスに言われたくないわ! いいじゃない、娘とはずっと離れ離れだったんだもの……余生くらい好きにしたって』」
余生というには女王エレノアはまだ若いが。
エレノアは王位には全く執着がない為、早く王座から退いて息子か娘にでもその後を継がせ自由になりたいと予てから思っていた。
だからこの発言は結構本気だったりする。
「『……まあ止めはしないけど、子どもにあまり構い過ぎると嫌われるわよ?』」
「『今まで構ってあげられなかったんだもの、これからは構い倒す所存よ!』」
突然消えてしまった愛娘。
国中をどんなに手を尽くして捜しても見付からず、娘はもう死んだと思っていた。
そしてその腕で再び抱くことを諦めていた。
……が、二年前。
生きていると知った。
あの時どんなに嬉しかったか、夫とどんなに喜んだか、エレノアは今でも鮮明に思い出せる。
「あ、あの?」
だがその優しい母の温もりに、マリアベルはどう反応していいのかわからなくて最初戸惑っていた。
それもそのはず、マリアベルはこんな風に母親に抱きしめられた記憶が全くないのだから。
ハインツ子爵夫人はマリアベルにはいつも厳しくて、褒める事もなければ頭を撫でる事もなかった。
彼女が優しく褒めるのは妹リリアンだけ。
実の親じゃないとわかった今ではその行動が理解出来るけれど、幼いころはそれはもう辛かった。
だからマリアベルは女王エレノアに戸惑ってしまう、こんな風に母親に優しくされたことなど初めてだったから。
「あらマリアベルさん、どうしたの? エレノアに通訳しましょうか?」
フォンテーヌ公爵夫人はマリアベルが公用語、アウラの言葉が話せないと思っているので通訳を申し出るが。
「『……いえ、言葉はわかります』」
「『え……』」
「『えっ!?』」
女王エレノアとフォンテーヌ公爵夫人は、すらすらと公用語を話したマリアベルに顔を引き攣らせた。
言葉がわからないと思っていた、だから二人は好き放題に喋っていた。
そこに女王としての威厳だとか、貴婦人としての慎ましさなんてまるでなくて。
まるで腐海の真髄を垣間見せるような事を、二人は喋ってしまっていて。
女王エレノアとフォンテーヌ公爵夫人は、悪戯が見付かった子どものようにスッと視線を逸らした。
だが当のマリアベルはというと母親の本音を目の前で聞けて、なんだか嬉しくなった。
だけど受けと攻めとは、いったいなんの話なのだろう?
と、この後恥ずかしがる二人にマリアベルは質問したのだが答えては貰えなかった。
そしてその時クロヴィスとレオンハルト第一王子がそれはもう嫌そうな顔をして、女王エレノアとフォンテーヌ公爵夫人から距離を取った事をここに付け加えておく。
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