54 忍び寄る影

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 白銀宮、その宮はこの王宮の中でも特別。

 今は離宮へと居を移した王太后エリザベートが王妃時代に使っていた宮で、他の宮とは一線を画す程絢爛豪華で広大。

 だがその豪華さから、国庫を圧迫するほど莫大な維持費がかり現在は閉鎖されていた。

 

 そんな白銀宮の維持管理は現在国王シュナイゼルが行っていて許可なく誰も立ち入る事は出来ないはずなのだが、フォンテーヌ公爵夫人ご機嫌に白銀宮の方向へと歩いて行く。

 

 その後ろを付いて行くマリアベルとクロヴィスそしてレオンハルト第一王子の三人は、これから何処に連れて行かれるのかまるで予想がつかず戸惑うばかり。


「なあレオンハルト、フォンテーヌ公爵夫人は何処に向かってるんだ?」


「この方向はお祖母様が昔使っておられた宮だけど、今は立ち入り禁止のはず……」


「……立ち入り禁止? そのわりには、やけに人が多くないような」


「たしかに、ちょっと人が多いね……?」


 警備の衛兵がそこかしこにいるのはアウラから視察団が来ているので当たり前なのだが、侍女やら外交官達の姿を多く見掛けるのだ。

 こちらの方向には、立ち入り禁止になった宮しかないというのに。


 

 クロヴィスとレオンハルト第一王子の二人が話す中、マリアベルはその後ろを上の空で付いていく。

 

 自分が隣国の女王の娘だとかハインツ子爵夫妻が実の親ではなかったとか今日色々と聞かされて、表向きは動揺していないかのように装っていたマリアベルだったが内心はまだ少し混乱していた。


 ……そんなマリアベルに忍び寄る影。


 そしてその影から伸びた大きな手はマリアベルの口を塞ぎ、覆いかぶさるように身体を拘束してそこから連れ去ろうとした。

 

「んッ!」


 ……が。

 王子の侍女として有事の際レオンハルト第一王子を守れるように、最低限の護身術を侍女長からマリアベルは教わっていた。


 だからマリアベルは持ち上げられないようにサッと重心を下に落とし、後ろにいる相手の足を思いっきり容赦なく踏み付けた。


「ひぎっ!?」


 足を踏まれた痛みでマリアベルの口を塞いでいた手を、その男はつい離してしまう。

 

「助けて……っ!」


 マリアベルは声を振り絞って、出来る限り大きな悲鳴をあげた。

 

 その助けを求める悲痛な声に。

 前を歩いていたクロヴィスやレオンハルト第一王子は振り返り、マリアベルの窮地に気付く。


 二人が振り返ったそこには、マリアベルを襲い連れ去ろうとするオズワルドの姿。


「貴様、誰だ!?」


「マリアベル! オズワルド!?」


 慌てて駆け寄るクロヴィス。

 だがマリアベルを襲った男、オズワルドはどこから持って来たのか騎士が使用する剣を抜いた。


「近付くな! それ以上こちらに来ればマリアベルは殺すぞ……!?」


 それは明らかな脅しで、剣の切っ先はマリアベルには向けられてはいない。


「オズワルド、お前っ……!」

 

 だからクロヴィスはオズワルドへと一気に距離を詰めて、全力で蹴り上げた。


 その瞬間。

 クロヴィスに蹴られた衝撃でオズワルドの肋骨は砕け、そしてその骨片は肺や胃といった重要な器官に突き刺さり。

 オズワルドに激しい激痛をもたらした。


「ぐあああっ……!?」


 オズワルドの脳へと瀕死状態の身体が神経を通して激痛の信号を送り付ける。

 そして辛うじてオズワルドの生命活動を維持していた脳は、その痛みを受け入れる事を拒否し。

 ……オズワルドはその場で気絶した。


「あ、やべっ……ちょっと、やり過ぎた?」


 クロヴィスは手加減を忘れて、オズワルドを本気で蹴ってしまった。

 細身の身体だがその肉体には実用的な筋肉がしっかりとついていて、その辺の騎士よりクロヴィスは遥かに腕っ節が強かった。

 

「まあ、うん……」


 その光景に苦笑いするレオンハルト第一王子、相変わらずクロヴィスは騎士に余裕でなれるくらい喧嘩が強いと改めて理解した。


「マリアベル、大丈夫か……?」


「はい、問題ありません……ですが……」


 どうしてここにオズワルド様がいて、自分を連れ去ろうとしたのかとマリアベルは首を傾げた。

 結婚式は駄目になってしまったが、オズワルドにはリリアンとそのお腹の中には赤ちゃんがいて。

 ラフォルグ侯爵夫人はまだ諦めていないようだったが、オズワルドは自分になどもう興味がないようにあの日見えたのに。

  

 ――そこへ。


「マリアベルさん!? 大丈夫……」


 心配そうに駆け寄ってきたのは前を歩いていたフォンテーヌ公爵夫人と、銀髪の物腰が柔らかそうな美しい貴婦人。


「はい、クロヴィス様が守ってくださったので私は大丈夫です……が、あの……?」


 床に座り込んでしまったマリアベルの頬を、気遣わしげに撫でる銀髪の貴婦人。

 その顔立ちは自分によく似ていて、マリアベルの心臓は早鐘を打つ。 

 

「あ、そうそう……! マリアベルさんに、紹介しようと思っていたの、ほらエレノア」


「っ……」


 フォンテーヌ公爵夫人が発したその名前に。

 マリアベルは瞳を大きく見開いて、目の前で自分の頬を撫でる貴婦人の姿を再度よく見た。

 

「『ずっと、会いたかった!』」


 そして女王エレノアは。

 マリアベルをその細腕の中に掻き抱いた。 

 

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