53 フォンテーヌ公爵夫人からのお誘い

53


 国王陛下からの締めの言葉を受けて。

 晩餐会が開かれた王宮の大広間から、ぞろぞろと引き上げていく使節団の外交官や招待客達。

 

 そんな人並みからそっと一人離れて。

 フォンテーヌ公爵夫人は、目的の人物達の元へと軽やかな足取りで向かう。


 王宮にやって来るのは約一年ぶり。

 前にお茶会に招待されて王宮にやって来た時は王妃殿下がなかなか解放してくれなくて大変だったなとフォンテーヌ公爵夫人アイリスはふと思い出して苦笑した。


 最終的には夫がお茶会が開かれた庭園まで迎えに来てくれて王妃殿下から解放されたが、その後もそれはそれで大変だった。

 お茶会に迎えに来てくれたはいいが、帰りの馬車を夫と一緒にされて一緒に乗るはめになったのだ。


 夫ラファエルと一緒の馬車に乗ると、結婚から何十年も経った今でも膝の上にアイリスを乗せたがるのだあの溺愛男は。

 夫が自分の事を大事にしてくれるのは痛いほどわかっているつもりだが、あれは流石に恥ずかしい。

 それに『一人で座れます』と断ると、捨てられた子犬みたいな顔をするから断りにくいし。

 

「……あ、やっと見つけました!」


 少し昔を懐かしみながらフォンテーヌ公爵夫人が王宮を歩いていると、そこには目的の人物達の姿。


「フォンテーヌ公爵夫人……?」


 その弾んだ声に。

 サラリとした銀髪を靡かせて振り返るのは、親友が長年捜していた愛娘。

 

 確かに若い頃の親友に彼女はよく似ている。

 

 スラリとした体躯に銀髪。

 整った顔立ちなのに何故か全く目立たず、壁の花に擬態してニヤニヤとほくそ笑んでいたあの頃のエレノアに。


「こうやってご挨拶するのは初めてですね、マリアベルさん? 私はアイリス・フォンテーヌ、貴女のお母様の友人をさせて頂いておりますのよ?」


「はい、それは……存じ上げております、フォンテーヌ公爵夫人」


「そう。覚えていないでしょうけれど、貴女が生まれた時夫と一緒にアウラにお祝いを持って行ったのですよ? 抱っこさせて頂いたら微笑んでくれて、とっても可愛いかったわ!」


「あ、その節は、ありがとうございます」


 国王陛下や王妃殿下に対しても、気後れせずに堂々と対応していたフォンテーヌ公爵夫人。

 

 そんなフォンテーヌ公爵夫人が親しげに接してくれて、どう反応していいのか分からないマリアベルは上手く話せない。

 

「それと、貴方が婚約者かしら……?」


 そしてフォンテーヌ公爵夫人は、マリアベルからクロヴィスへと視線を移す。


「……はい、クロヴィス・ルーホンと申します。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません、フォンテーヌ公爵夫人」


 クロヴィスはサッと貴公子の仮面を被り、フォンテーヌ公爵夫人に丁寧な挨拶をした。

 

 ルーホン公爵家と家格は同じ。

 だがフォンテーヌ公爵夫人の交友関係等を考えれば、公爵家嫡男のクロヴィスより明らかに格上。

 ……というか王家より上かもしれない。


「ふふ、そんなに畏まらなくてもいいのよ? 貴方のお話はエリザベスさんからよく聞いているわ!」


 フォンテーヌ公爵夫人とクロヴィスの妹エリザベス公爵令嬢はこの国ネムスではあまり同じ趣味趣向の者がいない、少々特殊な趣味を通じた友人同士で。

 その少々特殊な趣味というのはつまるところ、男性同士の恋物語なのだが。

 ……詳しくはここでは語らないでおこう。

 

 そしてこの二人の仲は大変良く。

 フォンテーヌ公爵夫人が王都の屋敷に、エリザベスを招待するほど。

 そしてその趣味に付いて語らう為のお茶会では、時折エリザベスの兄クロヴィスの話も話題に登ってきていた。

 

 だからフォンテーヌ公爵夫人はクロヴィスの長年の片想いについてもよく知っているし、影ながら応援したりもしていた。

 なので二人の想いが通じあったとエリザベスに聞いて、喜んだのも束の間。


 国王が若い二人の仲を邪魔しているとエリザベスから聞いて、それはもう腹が立った。


「エリザベスから、ですか……」


 妹エリザベスの名前にあからさまに嫌そうな顔をするクロヴィス、その様子にフォンテーヌ公爵夫人はくすくす笑う。

 エリザベスから聞いていた通り、まだあまり腹芸が得意ではない様子で可愛いらしく。

 

 ……これは趣味に色々と使える。

 と、フォンテーヌ公爵夫人は頬を緩ませる。 

 

「ええ、貴方の事もそうだけど……王子殿下の事もよくエリザベスさんからは聞きますのよ?」

  

「私の事も、ですか?」


「ええ。とっても素敵な婚約者だと、エリザベスさんからお聞きしておりますわ」


「そうですか、エリザベスがそんなことを……」


 賢そうな印象を受けるレオンハルト第一王子。

 こちらはクロヴィスとは正反対で、隠しているみたいだが腹芸が得意そうである。

 

 ……腹黒王子。

 流石はエリザベス公爵令嬢イチオシなだけはあるなと、フォンテーヌ公爵夫人はうんうんと頷いた。


「さて、こんな所で立ち話もなんですし! 皆さん私に、少し付き合ってくださいませんか?」


 パチンと手を叩き。

 満面の笑みでフォンテーヌ公爵夫人は、三人に場所を移そうと提案をする。

 

「あの……?」


「フォンテーヌ公爵夫人、付き合うとは、いったいどこへ?」


「お茶なら私の宮でお出し致しますが……」

  

 その突然の提案に。

 不思議そうな顔をするマリアベルとクロヴィス、そしてレオンハルト第一王子の三人。


「……ふふ、行ってからのお楽しみです!」 

 

 そんな三人に、フォンテーヌ公爵夫人は笑顔でそう答えたのだった。

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