9 結婚式の横取り

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「これでやっと私はオズワルド様の婚約者として表舞台に、王都のパーティにも一緒に出られるのですね?」


「ああ、そうだよ。もう私達の仲を引き裂くような邪魔な人間はどこにもいない。それに君は私の婚約者だけじゃなくて、私の妻になるんだろうリリアン?」


「ふふ、そうでした!」


 自慢気にそう言ったオズワルドは、リリアンをグイッと引き寄せて腕の中に閉じ込めて。

 ちゅっとその額にキスをした。


 そしてオズワルドにキスをされたリリアンは、それはそれは満足そうに微笑んで。

 お返しとばかりに唇にキスを返した。


 ……という、このやり取り。


 このバカップルの二人はこの流れを何度も何度も既にやっていて、正直鬱陶しいなと子爵家に仕えるメイドは眉をひそめた。


 だが邪魔をすれば機嫌を悪くしたリリアンにクビにされかねないので、メイドはコレが始まると仕事を手早く済ませ部屋を出る。


「リリアンは今日も可愛いな?」


「うふふふ! 私、ずっと夢だったんです。好きな人と二人で結婚式を挙げるのが! しかもあの有名な教会だなんて、リリアンは嬉しいですわ」


「あそこは特別な教会だからね? 本来は王族専用で、それ以外の者はいくら金を積んでも借りる事が出来ないんだが……」


「あら、そうなのですか?」

 

「ああ、だからどうやってマリアベルがあの教会を借りたのか私もわからはなくてね? 聞いた時は、驚いたものさ」


「へぇ……? 使えないお姉様でもたまには良い事をなさるのね」


 子爵家の人間は誰もマリアベルが王宮でどんな仕事をして生活しているのかを知らない。


 それは単にマリアベルが子爵家に帰って来ないから聞けない、というのも勿論ある。


 だが帰ってきた所で興味がないから聞かないというのが、そもそもな原因で。


「あはは。その点に関してだけは彼女に感謝しなくてはいけないね?」


「でもいったいどうやって? お姉様が王宮で何をされているのか知りませんけど」


「それについては私もわからない、マリアベルについて知っている事といえば王宮でメイドをしている事くらいのものだしね」


 そして婚約者だったオズワルドは、マリアベルの話を話半分に聞いて勘違いして覚えていた。


 このオズワルドという男はいつもそうで、興味が無いことは聞いてるフリだけ。


 マリアベルが結婚準備について大事な話をしていても、オズワルドは適当に相槌を打って聞いてるフリ。


 それでは何もオズワルドに任せられない。


 だから最終的にオズワルドを頼る事は一切諦めて、マリアベルはたった一人で結婚準備をしていたのだった。


「ふーん? メイドねぇ……家を出て掃除と洗濯してるなんてお姉様はホント暇なのね」


「そんな事よりリリアン。あの日、君に出会えたことは本当に幸運だったよ」


「まあ、私もですわオズワルド様? それにこのウェディングドレス! とっても素敵で、まるで私の為に作られたオーダーメイドみたい! リリアンはもう幸せ過ぎて……まるで夢の中にいるようですわ」


「私もリリアンみたいな可愛い人と結婚が出来るなんてとても嬉しいしまるで夢の中のようだよ?」

 

「ふふ、ねぇオズワルド様? 地味で野暮ったいお姉様なんかがこの素敵なウェディングドレスをもし着てしまっていたら、ドレスがとっても可哀想だったと私は思うんです」

 

「あはは、それはたしかに。このウェディングドレスは可愛い私のリリアンが着てこそのドレスだよ、それに君によく似合う。ほんとうな君はどんなドレスを着ても可愛いし、素敵だ」


「まあ、オズワルド様ったら! お上手なんだから……! もう大好き!」


 そしてリリアンは、楽しそうにクスクス笑う。

 だってリリアンは姉から婚約者と結婚式、そしてウェディングドレスまで全て奪えた事が嬉しくて嬉しくて堪らないから。


 それにオズワルドと結婚すれば自分が侯爵夫人。

 

 地味な姉が侯爵夫人になって自分より幸せになる未来だなんて、プライドの高いリリアンは絶対に許せなかった。

 だから姉の婚約者も、姉が得られるはずだった地位も財産も名誉も全て自分のモノに出来てリリアンは最高の気分。

 それにリリアンの腹の中にはオズワルドの子どもが既にいるから、跡取りを作れと義両親に言われる事もない。

 

 約束された幸せな未来、それを姉から奪ったという罪の意識はリリアンの中には欠片もない。


 一方オズワルドはマリアベルに慰謝料を支払った事で、多少は感じていた罪悪感が全部無くなり気分は晴れやか。


 そんなオズワルドは侯爵家の仕事も碌にせず、辺境にある子爵家をそれはもう頻繁に訪れてリリアンに会いに来た。


 そして日がな一日、子爵家でリリアンと朝から晩までベッドの上で睦み合って過ごす。


 そんなオズワルドとリリアンの二人は、食事の時だけベッドからいそいそと出て来るというなんとも酷い怠けっぷりで。


 二人の姿に、子爵家の使用人達はよく飽きもせず怠惰な生活が出来るなと裏で馬鹿にして笑う。  

 


 そして二人が向かうのは子爵家の食事室。

 そこでは毎夜豪勢な食事が、オズワルドの為に振る舞われた。


 リリアンがオズワルドに嫁ぐ事により、侯爵家から子爵家への支援が期待出来る。

 だから裕福とは決して言えない子爵家の経済状況だったが、気に入られようと出来る限りオズワルドをたっぷりともてなした。


「あらあら、今日も大変仲のよろしいことで! 結婚式が待ち切れない様子ねリリアン?」


「ははははは! 私達も早くリリアンのウェディングドレス姿がみたいですなぁ、オズワルド様?」


「ハインツ子爵、お邪魔しております」


「あ、お母様、お父様! 今日はねオズワルド様にお礼を言ったのよ! 憧れの結婚式場と、素敵なドレスをありがとうございますって」


「まあ……そんな結婚準備、いつの間にしていたのリリアン?」 


「私は何もしてないわ、お姉様が準備したものをそのまま使うのよ!」


「え、そのまま……使う?」


「今回借りられる教会が特別な許可が必要な所なんですって! だからもしこの機会を逃したら二度とそこで挙式できないみたいなの! それにウェディングドレスもまるで私の為に作られたみたいで、素敵でね? だから全部お姉様が準備したモノをそのまま使う予定なの!」


 面倒な結婚準備を、自分は何も準備しなくていいなんて楽でいいとリリアンは喜んだ。

 それをどんな思いで姉マリアベルが準備していたかなんて、リリアンは考える事もしない。


 丁度いいから。

 自分で準備するのが面倒だからという理由で、姉マリアベルの結婚式をリリアンは横取りしたのである。


「あの……それは大丈夫なんでしょうか? なにか不都合が起きたりなどは……」


「ただ花嫁が変わるだけ、ハインツ子爵家と我が侯爵家の婚姻には変わらない。だから何の心配も必要ありませんよ子爵」


「ああ、まあそれは確かにそうですな! よかったなリリアン? 幸せになるんだぞ」


「はい、お父様っ! リリアンは可愛い花嫁さんになって、絶対にしあわせになります!」


 

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