10 願ってもない提案

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 晴れ渡るのは青い空、そして眼下に見える青い海はキラキラと輝いていて。


「わー……海がとっても綺麗です」


 王宮で用意して頂いた乗り心地のよろしい馬車に乗りまして、はるばるやって参りましたのは海の見える夏の離宮。


 荒んだ心が洗われて癒やされていきます。

 

 ……ですが。

 一つだけ、どうしても気になって仕方のない事が、私の目の前にはございまして。

 

「あのう、お寛ぎ中に大変申し訳ないのですが……一つだけお伺いしても宜しいでしょうか?」

 

「ん? なんだいマリアベル、私が答えられることならばなんでも遠慮せず聞くといい」


「どうして王宮にいらっしゃる筈のレオンハルト第一王子殿下が、この夏の離宮にいらっしゃるのでございましょう? それにクロヴィス様までご一緒に……」


 ここは王家が所有する夏の離宮。

 暑い時期になられますと、王族の方々はここで避暑を楽しまれます。

 ですから別にレオンハルト第一王子殿下が此方にいらしたとしても何らそこに問題はございません。

 それに側近であるクロヴィス様が、レオンハルト第一王子殿下と共に行動されていらっしゃるのも全然不思議な事でもなく。


 ですが。

 レオンハルト第一王子殿下の最近のご予定の中に、夏の離宮を訪れるご予定はなかった筈。

   

「私達の事は気にしないで、マリアベルは休暇を存分に楽しんで! 勿論侍女の仕事はしなくていいからね!」


 と、申されてました。

 海の見える離宮のお庭で優雅なティータイムを始めれましたのは、レオンハルト第一王子殿下とクロヴィス様。

 そして給仕役には侍女長様、という大変豪華な顔ぶれ。


「いや、ですが……そういうわけにも……」


 私は一介の侍女。

 侍女長様自らが給仕されておりますのに『はい、そうですか』とお手伝いしないわけにも参りません。

  

「ねぇ、マリアベルもこっちに来て一緒にお茶でもどう? クロヴィスがね近くの街で美味しそうなケーキを沢山買ってきてくれたんだよ。ほら、すごく美味しそうでしょ」


 と、気さくにおっしゃられまして。

 レオンハルト第一王子殿下は、優雅なティータイムに私を誘ってくださいます。

 

「私はただの侍女でございますので。いくら休暇中といえどレオンハルト第一王子殿下やクロヴィス様とご一緒のテーブルに同席するわけには……」


 もし私が侍女じゃなくても。

 レオンハルト第一王子殿下がいらっしゃるテーブルに同席させて頂くなんて、畏れ多くて絶対に出来ません。


 それにこうやってレオンハルト第一王子殿下に親しげに話し掛けて貰える事だけでも、大変有難い事ですし。

 この夏の離宮を使わせて貰えた出来事は、子子孫孫に至るまで語り継ぐべき栄誉。


 同席を丁重にお断り申し上げていましたら。


「もうそんなのはいいからいいから! マリアベルほら、ここに座って! ここのチョコレートマフィンは甘すぎなくて格別なんだ」


「え、あ……クロヴィス様っ! こんなの、いけません……だめです」


 クロヴィス様が私の手をお引きになられまして、レオンハルト第一王子殿下がいらっしゃる席に座らされてしまいました。


「……皆席に着いた事だし、楽しいティータイムを始めようか? 侍女長、マリアベルにもお茶を入れてやってくれ」


「はい殿下、かしこまりましたわ」 


 そうレオンハルト第一王子殿下が申され、侍女長様が私にお茶を入れてくださいました。


「あの、侍女長様……私」


「さあマリアベル、温かいうちにどうぞ? 私のお茶の腕前もまだまだ貴女には負けていませんのよ?」


「う……ではお言葉に甘えまして、頂きます」


「そんなに緊張しないで頂戴マリアベル? ここにはレオンハルト殿下とクロヴィス様、そして私と貴女だけしかいないのだから」

 

「それ、マリアベルが余計に緊張するヤツだと思いますよ侍女長? ほんと昔からそういう所が鈍感なんだから……」


「あら、そう? そうかしら……」


 レオンハルト第一王子殿下と侍女長様は、私の緊張を解こうと和やかな雰囲気を作ってくださります。


 その優しいお気持ちがとても嬉しくて、胸の奥が熱くなりました。 

 

「それでマリアベル、実はここからが本題なんだけど……」


「え、本題……ですか?」


「うん。君さ、実家のハインツ子爵家と絶縁して来たんだって? 全部クロヴィスから聞いたんだけど」


「マリアベルごめん! この間の話、君の許可を取らずレオンハルトに話してしまった」


「あっ、それは……はい。大丈夫ですクロヴィス様」


「ごめんな、力になってやりたくて……でも結婚は嫌だって、言ってたから……」


「レオンハルト第一王子殿下、ご心配をおかけして大変申し訳ありません。王都に帰り次第、早急に何処か私を養女として迎えてくれる家門を探します。ですので……」


「君にそのアテはあるの?」


「あ……いえ。親族の所をまわって聞いてみるつもりですが、侯爵家に婚約破棄された私を受け入れてくれるかは……」


 ほぼ確実に門前払いでしょう。

 どこの家門も結婚間近に婚約破棄されて捨てられるような令嬢を、受け入れてはくれないでしょう。

 

 もしまかり間違って受け入れてくれたとしても、家門の利益の為に結婚を強いられたりする事は確実でしょう。

 でも今の私は結婚なんてするつもりは全くなくて、その要求を受け入れる事が出来ません。


 だから私は八方塞がり。

  

「それならさマリアベル……侍女長の所に、伯爵家に養女に行くっていうのはどう?」


「侍女長様の所……?」


「マリアベルが良いのなら、私は喜んで貴女を娘として受け入れるつもりですよ」


「あ……お気持ちは大変ありがたいのですが、私はもう誰とも結婚するつもりがないのです。ですから侍女長様の所へ養女にいっても何のお役に立てません……」


 正直。

 この願ってもない提案を直ぐに受け入れたい気持ちは勿論ありますが、養女になれば政略結婚をしなくてはいけなくなるかもしれない。


 今の私にはその可能性があるだけでも苦痛で、侍女長様には丁重にお断りしたのですが。


「あら。うちに養女に来たからと言って政略結婚なんて無粋な事は、させるつもりはありませんよマリアベル」


「え……?」


「貴女はしたい事を好きにしていていいのです。結婚はしたい人がまた出来たらすればいいのですわ。それに我が伯爵家と縁を結びたい家門は沢山あるでしょうが、こちらには一つもないんですのよ?」


 と、言って頂きまして。

 それに加えて政略結婚させないという契約書まで、侍女長様は作ってくださる私に約束をしてくださいました。


「侍女長様、私は……」

 

「貴女が驚くのも無理はありませんマリアベル。これは突然の話ですし、これは貴女自身がよく考えて決めて下さい」


「はい、ありがとうございます」


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