69 為政者
69
文句のつけようがない好条件を次々と提示して、囲い込みしようとする女王エレノア。
強制はしたくないが、せっかく会えた娘をエレノアはどうしても手元に置きたかった。
そんな女王エレノアの強い押し、にマリアベルは苦笑いを浮かべる。
それを断る理由がなにも浮かばない。
正直、その押しに負けて納得しそうになった。
――その時。
「……マリアベルっ!」
「えっ、クロヴィス様!? どうしてここに……」
息を切らしたクロヴィスが、女王エレノアとマリアベルの前に突然姿を表したのだった。
「俺も一緒にアウラに行くって行っただろ!? なのになに勝手に一人で……!」
「あ、いや、直ぐにお話を終わらせて帰るつもりで……クロヴィス様のお仕事のご迷惑にはなりたくなくてですね?」
ネムスからアウラまで、馬車で往復するだけでもかなりの日数が必要で。
そんな長い期間クロヴィスを休ませるわけには行かないと、マリアベルは黙って出て来ていた。
マリアベルは、宰相の手伝いをするクロヴィスの邪魔にはなりたくなかった。
それに王位継承権の放棄を伝えるだけならば、べつに一人でも大丈夫だと思っていた。
……全然大丈夫じゃなかったけれど。
「『あら、婚約者君も来たの? 歓迎するわ、ようこそアウラへ……あ、言葉通じないんだっけ?』」
「『……いえ、少しなら話せます』」
「『あら……そうなの? ふーん……』」
ピリピリとした空気。
クロヴィスは明らかに招かれざる客だった。
「『突然の訪問、申し訳ありません。ですがどうぞご容赦ください、婚約者が心配だったもので』」
「『ふふ、別に私は怒っておりませんよ? 娘と親子水入らずを楽しんでいただけですもの』」
「『女王の寛大なご配慮に感謝致します』」
笑顔で応酬しあう女王エレノアとクロヴィス。
そんな二人の様子にマリアベルはたじたじとなる、自分とは生きている世界が全く違う。
それにこれが為政者というやつなのかと二人を眺め感心し、そしてクロヴィスの事がマリアベルはとても頼もしく見えた。
自分なんてさっきまで女王エレノアに上手くやり込められようとしていたのに、クロヴィスは臆することなく渡り合っていたから。
「『あの、先ほどのお話なのですが。私やっぱりアウラには……!』」
そして今がチャンスとばかりに、マリアベルは女王エレノアの提案をお断りしようとする。
「『明日娘の為のパーティを開くの。婚約者君も来てくれるわよね?』」
マリアベルの声に被せるように。
女王エレノアはクロヴィスをパーティに誘う。
「『ええ、是非! ご招待ありがとうございます、喜んで参加させて頂きます』」
「『……着るものはこちらで準備するわ、あとでサイズを合わせておいてね?』」
「『過分なご配慮ありがとうございます』」
「『ふふ、じゃあまた明日ね? 今日は長旅で疲れたでしょう、ゆっくり休んでね』」
と、それだけ言い残して。
女王エレノアはマリアベルとクロヴィスの元から、足早に立ち去って行った。
「あのう、クロヴィス様……?」
「マリアベル? 後で話しがある」
「え、っと……はい、かしこまりました」
……怒っている。
クロヴィスは明らかに怒っている。
そんなクロヴィスの態度に。
そんなに置いてかれたのが嫌だったのかなと、マリアベルは見当違いな想像をした。
◇◇◇
部屋で楽な服装に着替えを終えたマリアベルは、クロヴィスの為に用意された客室にやってきていた。
「あの、クロヴィス様……?」
そこはマリアベルに用意された部屋よりも一回り以上狭く簡素で、待遇の違いが明らかだった。
「……なあ、どうして一人でアウラに来た?」
「え……っと、クロヴィス様のお仕事の邪魔をしたくなくてですね、お断りするだけなら私一人でも大丈夫かな……と」
「それで本当に大丈夫だった?」
「それは、その……」
全然大丈夫なんかじゃなかった。
もう少しクロヴィスの到着が遅れていたら。
マリアベルは女王エレノアの提案に『はい』と言って、頷いてしまっていただろう。
「頼むからさ、マリアベルはもう少し俺を頼って? まだ俺がガキで頼りないのかもしれないけど……」
「頼りないなんて、そんなことありません! 先程のクロヴィス様は、頼り甲斐があってとてもカッコよかったです!」
「っ……え、あ、そう?」
「はい、とっても素敵でした!」
クロヴィスは怒っていた。
せっかく婚約者になったのに、少しも頼ろうとしてくれないマリアベルに怒っていた。
だがそんな風に褒めてこられたら、マリアベルを怒れなくなってしまう。
「……結局マリアベルは女王になりたいの? それともなりたくないの?
「えっ……?」
「マリアベルが女王になりたいって言うなら、俺はこっちに来てお前の事を全力で支える」
「なに言って、貴方は……!」
クロヴィスはレオンハルト第一王子殿下の側近、それを誇りに思っていたはず。
なのにマリアベルがそれを選ぶなら、今まで築いてきたものを捨てるという。
「こっち来る前にレオンハルトと二人で話した。もしマリアベルが女王になりたいと言うなら、俺はそれを支えるって。……だからどうしたい?」
「女王になるのは面白そうだな……とは、思いました。ですがさっきクロヴィス様とお母様がお話しているのを見て気付いてしまったんです。私に為政者になるのは無理だと! あんな言い合い絶対に出来ません!」
クロヴィスと母親の舌戦を見てマリアベルはわかってしまった、自分は為政者にはなれないと。
「ははっ、なんだそれ!」
「なので王位継承権は放棄します」
「ん……わかった。でも継承権放棄させてくれるかな?」
「そこはまあ、気合いで?」
「気合いだけじゃ、どうにもならんと思うぞ?」
気合いだけであの女王を納得させられるとは到底思えない、だからなにか策を練らなければいけないのだが。
マリアベルと二人きり。
一週間ぶりに会えた喜びもあいまって。
「クロヴィス様、なにかいい方法あります?」
「……マリアベル。あのさ、こんな時にあれなんだけどキスしていい?」
「えっ、キス!? だ、ダメじゃないですけど……」
そして夜は更けていく。
婚約者になって初めてクロヴィスとキスを交わしたマリアベルは、自分の客室に帰っても胸が高鳴ったままでよく眠れなかった。
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