68 文句のつけようがない

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 アウラへの旅支度をする為に愛用のトランクを開けると、中からドサリと沢山の金額が入った袋が溢れ落ちて金貨が床に散らばった。


「あ……」 


 それは婚約破棄の慰謝料。 

 傷心旅行で散財してやろうと思って換金したはいいが、離宮にレオンハルト第一王子殿下やクロヴィス様がやってきてそれどころではなくて。


 それがなんだか今は酷く懐かしい。 

 床に散らばった金貨を拾い袋に入れ直す。

 だが思いのほか沢山床に落ちていたようで、金貨を拾い集めるのが結構大変だった。


 ――そしてマリアベルは一人、旅立った。

 

 隣国アウラへは馬車で片道一週間の長旅。

 ネムス王宮で用意された長距離用の馬車で街道を進み、途中の町や村で宿に泊まった。

 

 そしてようやくアウラに辿り着いた頃にはマリアベルは身体が軋んでいて、それはもう大変だった。


「ここがアウラ……」


 初めて訪れたアウラ、その王都は想像以上。


 街中は人の活気で溢れかえっていて、その物珍しさにキョロキョロと馬車の中から街の様子を窺いつつアウラ王宮までやって来ると。


 女王エレノアがマリアベルを出迎えた。


「『一ヶ月ぶりね、元気にしてた?』」


「『はい、問題ありません。過分なお気遣いありがとうございます』」


「『……そう? 明日は貴女の歓迎パーティーを開くわ、楽しみにしていてね』」


 母娘の会話にしては他人行儀で。

 マリアベルのその話し方には心の溝を感じさせる、だがそれも仕方ないかと思う女王エレノア。

 それにこれからゆっくりその溝を埋めていけばいい、時間はあるのだから。


 ……と、思っていたら。


「『明日、パーティーですか?』」


「『ええ、もしかして明日なにか予定でもあるの?』」


「『はい、明日の朝にはネムスに帰ろうかなと思っておりまして。明日の夜だと参加は難しいですね……申し訳ありません』」


「『え……明日の朝!? あなた今、来たばかりよ!? 帰るにはちょっと早すぎないかしら……もっとゆっくりしていけばいいじゃない!』」


 その言葉に女王エレノアは驚いた。

 こちらの国に来るのにあまり乗り気ではなかったみたいだが、着いて直ぐとんぼ返りするつもりでいたとは。

 

「『……女王エレノア、いえお母様? 単刀直入に言います、私はこちらの国に住むつもりがありません、そして王位継承権を放棄致します。今回はそれを伝えに来ました』」

 

「『……ええ、知っているわ』」

 

「『え……知ってる!?』」


「『だって貴女、婚約者の彼の事大好きでしょう? 離れたくないのよね』」


「『えっ、あ……はい』」

 

 その言葉に顔を赤らめるマリアベル。

 そんな娘の姿が女王エレノアには微笑ましく、ちょっと揶揄ってみたくなるが我慢する。


「『ふふ、そして婚約者の彼は王子様の事を大事そうにしていた……側近として王子様を支えようと』」


「『はい……』」

 

「『だったら余計貴女がこの国の女王になるべきだと私は思うの。貴女が女王となり彼を王配に据えれば、ネムスは貴女の在位中アウラの庇護下に置かれ今まで以上の支援を得られるのだから』」


 マリアベルが女王となりクロヴィスが王配となる、それはネムスにとって悪い話ではない。

 

 それは逆に願ってもない話で。

 あちらの国王シュナイゼルに女王エレノアが話したら、本人達がそれを了承するなら喜んで受け入れるということで話は済ませてあった。

 

「『う……でもそれは……! 私が女王なんて、その肩書きに見合った能力が私にはありません……』」


「『なにを謙遜しているの……? 貴女の事はネムスで聞いたわよ、あちらの帝王教育を丸暗記しているのでしょ? 王子の為に』」


 そう、ネムスで聞いた娘の話。

 それは女王エレノアを大変驚かせた、この娘やることが常軌を逸しているのだ。

 侍女ならばなんでも出来て当たり前とでも思っているのか、その知識の幅は一般教育だけに留まらず王子が行う帝王学までも完全に網羅してしまっていて。

 アウラについて少し学べば、問題なく女王としての政務が出来てしまうだろう。

 

「『いえ謙遜など、そんなのは侍女として当たり前の事。主が困った時、いつでもお助けが出来るようにしなくてはいけないのです。ですからお勉強で困られた時、質問にお答え出来るようにしていたまでの事で……』」


「『それが侍女として当たり前だったら、この国から侍女がいなくなってしまうわ』」


 本当に侍女がいなくなってしまう。

 それにそんな侍女は嫌だ、そんな侍女に囲まれていたら息が詰まってしまう。


「『……それ、ネムスでも侍女長様に言われました! ですがこのくらい出来なくては、侍女としての名折れでございます』」


「『……とりあえず女王になるのに貴女は十分な能力を持ってるの、あとはやりながら学べばいいのよ。私も貴女を手伝うつもりでいるし』」


「『ですが、側室とか取りたくないですし……?』」


 クロヴィス以外となんてマリアベルには絶対に考えられないし、無理である。

 

「『ああ、貴女は側室を取らなくていいわよ? 私と違って後ろ盾が強固だもの』」


「『え……?』」


「『私は後ろ盾が貧弱だったから側室を迎えただけ、でも貴女の後ろ盾には私とシリル……貴女の父親がなるし側室が嫌なら迎えなくて大丈夫よ?』」


「『でもですね……?』」


「『それに年に一度はネムスに外遊にでもいけばいいわ、私はあまり外交が好きじゃないから他国には行かないけれどね?』」


 なにか他にお断りする理由はないかとマリアベルは必死で考える、けれど全然思い付かない。

 女王エレノアが提案するものはなかなかに好条件で、文句の付け所が見当たらなかった。

 

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