20 思い出のウェディングドレス

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「これはいったいどういうことなんだオズワルド! マリアベルさんはどうしたんだ!? それにその女は誰なんだ! 私にもわかるようにちゃんと説明しろ!」


 オズワルドの胸ぐらを掴み宙に吊り上げたまま、ラフォルグ侯爵は激しい剣幕で責め立てる。

 

 病気で現役の騎士を引退しても、日々の鍛錬を決して欠かさない実直な性格のラフォルグ侯爵だからこそそれはなせる技で。

 普通の中年男性の腕力じゃ、成人男性を軽々と片手で吊り上げたりなんて出来はしない。

 

「うぅ……苦じ、父さんっ、死ぬ! ほんとっ、締まってる! 離っ……」


 ジタバタと情けない顔で暴れる息子オズワルド。

 どうにかして父親の手を振りほどこうと足掻くが、全くもってビクともしない。

 

 そんな息子の情けなさ過ぎる姿に。


「……くそっ」

 

 ラフォルグ侯爵はオズワルドの胸ぐらから手を離し、無造作に地面に投げた。 


「キャアッ! あ、オズワルド様……! 大丈夫ですか……!」


 地面に放り投げられたオズワルドに駆け寄るリリアンは、今何が起きているのか理解出来ない。

 だって今日はオズワルドとリリアンの結婚式で、皆に祝福されて世界一幸せな花嫁になる予定だった。

 なのに今日はずっと最悪な事ばかりが起きてしまっていて、これじゃリリアンは全然幸せじゃない。


「ゲホッゲホッ……う、ゲホッ……し、死ぬかと思った……!」


「オズワルド様、大丈夫ですか!? こんなことするなんて酷い……」


 いくらなんでもこの程度では死なない、だがオズワルド的には死ぬと思ったらしく。


「息子を殺す気ですか!? 父さん、いきなり酷いじゃないですか。ああ、せっかくのタキシードが汚れてしまった……」


「その程度の事で人間が死ぬかこの馬鹿息子! それに服なんかの心配より、この状況の説明を早くせんかっ!」


「……マリアベルとは婚約を破棄してやりました。手切れ金も支払ったので、もう私に付き纏う事はないでしょう」


「は……? 婚約破棄……」


「ですが安心してください父さん母さん。私はマリアベルの妹リリアンと今日結婚しますから」


「妹……? ソレがあのマリアベルさんの妹だと!? いやそれよりもなにを勝手に……」

 

 マリアベルは少々地味な容姿だが、不快に感じる所がどこにも無く物静かでお淑やかな女性で。

 そんなマリアベルの妹が、目の前にいるリリアンだという息子の言葉をラフォルグ侯爵はハイソウデスカと信じる事が出来ない。


 侯爵がオズワルドの言葉を信じる事が出来ない理由については、リリアンのそのケバケバしい派手な見た目ももちろんそうなのだが。


 リリアンはマリアベルと違って教養がないのか、礼儀作法が全く出来ていなかった。

 初対面の相手にあの馴れ馴れしい態度と言葉遣い、それは貴族令嬢として失格。

 よくもまあこれだけ酷いのを公の場に出そうと思ったなと、ある意味感心してしまうほどで。

  

 それに引き換え姉のマリアベルは凛としていて清々しく物静かでお淑やか、見惚れるほど美しい所作や言葉遣いを完璧に身に着けていて。

 

 どこに出しても恥ずかしくないどころか、自慢できるような素晴らしい令嬢で。

  

「そういう事ですのでこの結婚に何の問題もありません、姉が妹になった。ただそれだけですから」


「な、何が『ただそれだけ』だ! この戯けがっ……お前は勝手な事ばかりしおって……」


「いちいち怒鳴らないで下さいよ? そうやって直ぐに怒るから父さん達には言わなかったのに……」


 面倒くさそうに父親の相手をするオズワルドには、反省の色はまるでなく。

 逆に文句を垂れ始めるような始末で。


「自分がいったい何をしてしまったのか、お前は気付いてすらいないのか……」


 まだ立太子こそしていないが、時期国王だと噂されるレオンハルト第一王子のお気に入りの侍女マリアベル。

 それに加えてマリアベルは王妃殿下からの覚えもめでたく、未来の侍女長だと王宮で働く皆が言うほどとても優秀な女性。


 そんな女性を嫁に迎える事が出来れば、ラフォルグ侯爵家の未来はもう約束されたようなもの。

 ……だったのに。


 この馬鹿息子はそれを自分で捨てたという。


 最初マリアベルを息子に紹介された時。

 田舎の子爵家の娘が、玉の輿に目が眩んでオズワルドを誘惑したとラフォルグ侯爵は思っていた。

 けれどマリアベルと話した妻や、マリアベル本人と話すに連れて実際に玉の輿に乗ったのは息子の方だとラフォルグ侯爵は気が付いた。

 

 だから二人の結婚を許可をした。

 ……なのに。


「なんて馬鹿な事を……お前は……!」


 ガックリと肩を落とすラフォルグ侯爵。

 そんな侯爵に寄り添うのは、オズワルドの母ラフォルグ侯爵夫人で。


「馬鹿だ馬鹿だとは常々思っておりましたが、自分から宝物を手放すだなんて……貴方の母である事が私は今とても恥ずかしいですオズワルド」


 オズワルドの母は、ぽつりとひとり言のように沈んだ声でそう溢す。

 

「母さん、宝物って大袈裟な。マリアベルなんて何処にでもいるような普通の女でしたよ?」


「あ、貴方という馬鹿な子は……!」


「もうなんなんですか、口を開けば人の事を馬鹿馬鹿って……」

 

 今日という日は侯爵夫人にとっても、特別な日になる筈だった。

 だってこれでやっと馬鹿息子オズワルドの心配をせずに、済むのだから。

 それに姑としてまるで理想のような、働き者で礼儀正しい嫁が来てくれる。

 そう思っていたし、ずっとこの日を指折り数えて楽しみにしていた。

 

 だからオズワルドの母は。

 ラフォルグ侯爵家に嫁ぐ時に自分が着て来た思い出の沢山詰まった総レースのウェディングドレスを、マリアベルの為にサイズ直ししてあげた。

 

 ……なのに。


 目の前にいるのは。


「え……貴女そのウェディングドレス……!?」


「あら、お義母様! このウェディングドレス、リリアンに似合いますでしょう?」


 マリアベルの為に、ラフォルグ侯爵夫人自ら手配してサイズ直しをした。

 

 思い出のウェディングドレス。

 

 そんな特別なウェディングドレスを目の前にいるケバケバしい派手な女は、ラフォルグ侯爵夫人の許可なく勝手に着ていた。

 

 だが、それだけではなく。

 

 ウェディングドレスの繊細なレースは原型を留めていないほど伸び切ってしまった挙げ句、所々レースが裂けてしまっていて。


「あ? あ、あ、いっ、いやあぁぁっ……!?」


 ラフォルグ侯爵夫人の悲痛な叫びが、その場に響き渡ったのである。

 

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