61 理解出来ない


 

 昨日再会を果たした娘はお淑やかな雰囲気で愛想が良く、大人しそうな普通の令嬢だった。 

 なのに謁見の間に今日突然現れた娘のマリアベルは、女王エレノアが別人ではないかと思ってしまうほどに昨日とはまるで違っていた。


「『えっ、あの子、この国の王を脅したの!?』」


「『あー……はい。そのようですね』」

 

「『大人しい子だと思っていたのだけれど、結構ヤンチャなのね? ふふふ……』」

 

 その一部始終を通訳を通し聞いていたアウラの女王エレノアは、この状況を前にして楽しげに笑う。

 

「『珍しく楽しそうでございますね、陛下?』」

 

 外交の場ではいつも不機嫌そうに眉間に皺を寄せている女王エレノア、なのに珍しく楽しそうに笑うから。

 アウラから共にやってきた侍従が、珍しい事もあるもんだと思ってエレノアに声を掛けた。

 

「『だってあの子、こちらの国の令嬢として育ったはずなのに王族らしく育っているんですもの。なんだか嬉しくってね』」


「『確かに、そう言われてみればそうですね? 令嬢として育った割には、随分と肝が据わっていらっしゃいますね姫君は』」

  

「『……王位、娘は本当に継いでくれると思う? あの子だったら少し学ぶだけで、いい女王になると思うのよね』」


 女王エレノアはつい期待してしまう。

 少し学べば傀儡の女王などではなく、自分以上の女王に彼女がなるのではないかと。

 生きていてくれただけで十分だとエレノアは思っていた、なのにこんなに堂々としている姿を見ると期待してしまうのだ。


 だが無理強いはしたくない、せっかく会えた娘にエレノアは嫌われたくなどないから。


「『どう考えてもあれはハッタリでしょう、姫君の想い人はこの国の公爵家の嫡男ですし……?』」


「『やっぱり? 残念ねぇ……あの婚約者の子も優秀そうだから王配にいいと思うのよ』」


「『他の王子や王女で我慢してください、元々はそのおつもりだったでしょう?』」


「『でも、あの子の方が優秀そうだし?』」


 この国で見つけた時点で娘は二十歳、身分は辺境にある裕福ではない子爵家の令嬢。 

 今さらアウラに連れ帰った所で言葉すらもわからないだろうし、子爵令嬢として育ち成人を迎えた娘に今さら王族らしさや振る舞いを求めるのは酷。

 それに王族としての振る舞いや教養、アウラの言葉を一から学ばせるには見つけるのがあまりにも遅すぎた。

  

 それに娘には婚約者がいて。

 アウラに連れ戻し婚約者と引き離すのは可哀想だと思い、全てを包み隠し。

 生き別れになった娘と、再び会うことすらも女王エレノアは諦めて祈った。

 娘の幸せだけを遠く離れたアウラの地から、エレノアは祈っていた。


 けれど今回の件が起きて。

 我慢が出来なくなり、遠路はるばる会いにやって来てみたら。 

 生き別れになった娘マリアベルは、女王エレノアの想像を良い意味で裏切ってきた。 

 

 マリアベルはアウラの言葉もすらすらと問題なく喋るし、国王相手にこの堂々とした立ち振る舞い。

 それに昨日少し話しただけだが教養も高くて。

 

 これなら他の王子や王女と並べてみても遜色がない所か、それ以上な気がしてきて。

 ……エレノアはつい期待をしてしまうのだ。

   

「『……それで、ネムスの国王? その娘の処分はどうなさるおつもりですか』」


 マリアベルとの話を終えた国王に、わざとらしく女王エレノアは再び問うた。

 この国の王の答えなんてもう既に予想が出来ているが、話が進まないので一応聞いておく。


「この娘は処刑ではなく貴族としての身分を剥奪した後、教会で奉仕活動をさせようと考えています」


「『……ほう?』」


「これは貴国の王女殿下の願いでもありますので。どうかそれでご納得していただければなと、思う次第です」


 やはりこの国の王は昼行灯、それに事なかれ主義を演じていて全てにおいて消極的。

 自分の意思は決して外には出してはこない。

 

 国力があまりない国ではそれが一番。

 大国相手に王の有能さを見せた所で、何も良いことがないとわかっているのだ。


 だから逆に厄介、とっても扱いにくい。

 自分の有能さをアピールしてくるような積極的な王なら無理難題を押し付け易いのにと、既にわかっていた答えを聞いて。

 

 ……女王エレノアはげんなりとした。

 

「『それがこの国の答えということで、本当にいいのですね?』」

  

「……ええ、これが当国の答えです」


「『そうですか、わかりました。では今はあまり時間がないので次の話を致しましょうか?』」


「そうですね、是非そう致しましょう」

 


    

◇◇◇



  

 女王エレノアと国王シュナイゼル。

 二人の王の話の行方を、静かに窺っていたマリアベルは小さく息を吐いた。

 ……これでとりあえずは大丈夫、リリアンの処刑だけはどうにか回避出来た。


 そして冷たい床に直に座るリリアンの腕を、マリアベルは掴んで立ち上がらせた。


「……立ちなさいリリアン」

 

「お姉様、どうして?」


 マリアベルがどうして自分の事を助けてくれたのか、リリアンには理解が出来ない。

 自分は本当の妹でもないし、今思い返すとマリアベルには沢山酷い事をした。

 

 それなのにどうしてと、涙ながらにリリアンはマリアベルに問い掛ける。


「リリアン、その話は後でします。今は私に付いていらっしゃい」


「っ……う、ん?」


 リリアンの震える手を引いて。

 謁見の間の扉の前で待機してくれているクロヴィスの所まで、マリアベルは急いで戻る。


 マリアベルやリリアンに、『私達も助けろ』と言って騒がしく喚き散らし。

 また騎士達に床へと押さえつけられたハインツ子爵夫妻の悲鳴のような叫びを、背中で聞きながら。

  

 

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