60 あの時はぶん殴ってやりたいくらい腹が立った

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 謁見の間に入ってきたマリアベルは。

 女王エレノアからの言葉を無視し。


 この場から逃げようと暴れたせいで、謁見の間の床に騎士達によって抑え付けられているハインツ子爵夫妻の姿と。 

 怯えたように震え泣き少し膨らんだ腹を守るように一人蹲るリリアンを。


 マリアベルは眉間に皺を寄せて見る。 

 

「……それで国王陛下、なんですかこれは。こんなことしてもいいと誰が許可しました?」

 

 そして国王に向けてそう言い放ち。


 視線を逸らす事なく、国王シュナイゼルを見据えてにっこりと優雅に微笑んだ。

 

「え、許可……?」

 

 いくらマリアベルが隣国アウラの王女だといったところで、一国の王が許可を取らなければいけないような相手ではない。

 

 だがなぜか彼女に見据えられると許可を取らなければいけないような、そんな気分に自分がなってしまっていて。

 国王シュナイゼルは自分自身に驚いた。


「私に関わる事柄を、私のいないところで勝手に決められては困ります」


「え……」

   

 今のマリアベルは、いつもレオンハルトの傍で甲斐がいしく世話を焼いて微笑んでいる時の雰囲気とはまるで別人のように違っており。

 マリアベルという侍女の人となりをそれなりによく知るシュナイゼルは、この状況を図りかねた。


 ……明らかにいつもとは雰囲気からして違う。


 国王の事を視線を逸らさずじっと見据える今日のマリアベルは、威厳や品格のようなものをその態度や口調から漂わせており。

 その視線だけでシュナイゼルは、何故か圧倒されてしまっていた。 


「ひと言くらい私に相談があっても、よろしかったのではありませんか国王陛下?」


「あ、それはすまな……い、え!? 」

 

 念の為にもう一度だけ言うが。

 いくらマリアベルが隣国の王女だといった所で、一国の王がお伺いを立てなければいけない相手ではない。

 

 ……ないのだが。

 マリアベルにじっと見据えられていると、お伺いを立てなかった事がさも間違いだったようなそんな気分にさせられてしまい。

 国王なのにシュナイゼルはつい謝罪してしまう。


 そして人をたじろがせるような雰囲気を纏い。

 謁見の間にいた貴族達を、嘲笑うように冷たく微笑んだマリアベルは総毛立つほどに美しく。

 

 謁見の間の空気を一瞬で支配してみせた。

  

「た、助けてくるのかマリアベル!? お前の事を実の娘のように大事に育ててやった甲斐があった! ほら、早く処刑を止めるよう女王に言ってくれ!」


 そんなマリアベルに一縷の望みを見つけ出したハインツ子爵は、恥ずかしげもなく助けを求める。

 子爵はもうなり振りなど構っていられない、このままでは自分は火刑に処されてしまう。  

 それに助けてくれると思っていた大使からは音沙汰がなく、この機会を逃せばもう……後がない。

 

「……では君はハインツ子爵夫妻の処刑には、反対だということか? マリアベル」


 国王シュナイゼルがマリアベルに問うた。

『ハインツ子爵夫妻の処刑に反対』

 ……なのか、と。

 

 もし反対と言われても、シュナイゼルの一存ではこの決定を覆らせる事は出来ないが。

 

「……はて? 私はその二人の処刑を反対してなどおりませんが。というかそんな些末な事は、今はどうでもいいのです」

  

「えっ、どうでもいい……?」

 

 その問いにマリアベルは、なんでもない事のように『処刑には反対していない』と答え。

 加えてそんなことは『どうでもいい 』らしく。

 

 その答えを聞いた国王シュナイゼルは目を見開いて驚いた、てっきりハインツ子爵夫妻に多少なりとも情が湧いていて助けに来たと思っていたから。


「マリアベル!?」


 そしてその答えにハインツ子爵は絶望した。

 てっきり自分達の事をマリアベルが助けにやって来てくれたのだと、子爵は思っていた。

 なのに唯一見付けたその一縷の望みは今、あっけなく崩れ消え去ったいったのだ。


「それについては特に異論はございません。それにあの二人を助ける理由が私にはありませんし、あと大事になんて育てて貰ってませんけど……?」

 

 ハインツ子爵夫妻に対してマリアベルは殺したい程の恨みはないが、好意も全く無く。

 どちらかと言えば嫌いだったし、二人が処刑された所で特になんとも思わない。

 

「だったら何故、君はここに来たんだい?」


「最初に言ったじゃありませんか、私にか関わる事柄を勝手に決められるのは嫌だって」


「君に関わる事、なんて……ここには……?」


「……そこにいるのは私の妹です、勝手に処刑などしないで頂けますか?」


 ハインツ子爵夫妻がどうなろうがマリアベルの知った事じゃないし、なんとも思わない。


 ……だけどリリアンは違った。

 

 そりゃこの馬鹿妹は驚くほど性格が悪いし、我儘で鬱陶しいし、小さい頃からマリアベルの物を平気で奪って自慢してくるし?

 

 挙句の果てには婚約者まで奪ってきて、あの時はぶん殴ってやりたいくらい腹が立った。

 

 でも、それでも。

 血が繋がってないとわかっても、やっぱりマリアベルにとってリリアンは妹だった。

  

「リリアン・ハインツと君は血が繋がっていないだろう? それに彼女はハインツ子爵家の者だ、お咎めなしというわけには……!」


「……だからなんなのです? それは私のモノです、誰にも奪わせません。もし奪ったら……どんな手を使ってでもアウラで王位を継承し、この国を潰しに戻って来ますよ?」


 と、言って。

 マリアベルは国王を笑顔で脅したのだった。

 

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