59 勝手に決められるのはもう嫌

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 ここ数百年ほどこの国ネムスでは。

 火刑などの処刑方法はあまりにも残酷過ぎるとして、行われていなかった。

 重罪人でも縛り首、情状酌量の余地があるとされれば鉱山等で期限付きの労働が課せられる程度。


 なのに。


「どうして」


「アウラの女王が、君の母がそれを望まれた。そしてそれを国王陛下が仕方なしとして認めたんだ」


「でも! 火刑にされるほどの事はしていないと思います、だって……」


「ハインツ子爵夫妻は直接とは言えないが、君の誘拐に関わってしまっている。預かった当時は、君が誰の子か知らなかったみたいだが……」


 たとえその赤子が誰の子なのか知らなかったとしても、ハインツ子爵が金に目をくらませず知らせていれば。 

 マリアベルは本当の両親の元で何不自由なく暮らせていただろうし、女王は子を失った悲しみに打ちひしがれる事も無かっただろう。

 

「妹は、リリアンは? あの子は、どうなるのですか!?」


「それについては今、女王も交えて話し合われてる。彼女は君が本当の姉じゃないと、子爵夫妻から知らされてはいなかったみたいだから」


 リリアンはなにも知らされていなかった。

 つい先程まで彼女は、マリアベルの事を本当の姉だと思っていた。


 だがリリアンはハインツ子爵の娘、知らなかったとはいえ彼女だけなんのお咎めなしとはいかないだろう。


「……クロヴィス様、その話し合いの場に私を連れて行って下さいませ?」


「マリアベル?」

 

「私は……私に関わる事を、勝手に決められるのはもう嫌なんです」 




 

◇◇◇



 


 そこは謁見の間。


 今しがたハインツ子爵夫妻へと火刑が言い渡された所で、その場は少々荒れていた。


「火刑なんて、そんな……私は本当になにも知らなかったんだ! マリアベルが王女だったなんて……! 育ててくれと頼まれただけで」


「そんな、処刑なんて……火刑なんて絶対に嫌よ! どうして私が……夫が勝手にした事よ、私は関係ないわ……!」


「お姉様が隣国の王女様……? お父様、お母様これはいったいどういう事ですか!?」 

 

 ハインツ子爵夫妻は火刑への恐怖からか、その場から逃げようとして暴れるし。

 夫妻の娘リリアンはマリアベルが自分の本当の姉ではなく誘拐された隣国の王女だと聞かされて、子爵夫妻を激しく問い詰めるしで。


 騒然としていた。


「お前達、静かにしないか! これはもう決まったこと、どこにも逃げられんぞハインツ子爵!」


「国の面汚し共め……」


「お前達のせいでアウラとの関係にヒビでも入ったらどうしてくれるんだ! せっかくここまで発展してきたのに」


 謁見の間に集った貴族達に、ハインツ子爵夫妻は口々に罵倒される。

 

 それもそのはず。

 今アウラに見放されてしまったたら、その支援で潤い発展してきてきる領地を持つ貴族達はとても困るのだ。


「『それでネムス国王、その娘はどうするつもりかしら……?』」


 そんな騒然とした場に女王エレノアは見向きもせず、この国の王シュナイゼルに問うた。

 

 いくらなにも知らなかったとはいえ子を奪われていた女王エレノアからすれば、ハインツ子爵夫妻の娘と言うだけリリアンが憎くて堪らない。

 

 それにハインツ子爵夫妻にも、自分と同じで子を失うという苦しみを是非味わって欲しい。


 だから女王エレノアは、笑顔で促す。

 処刑という決断をこの国の王に。


「そ、れは……」


 女王エレノアの決断を迫らせるようなその問いに、言葉を詰まらせた国王シュナイゼル。

 

 ハインツ子爵夫妻の火刑だけでも苦渋の決断だったというのに、この場に連れて来られるまで何も知らなかった妊婦に処刑を言い渡したくなかった。


 だが国としての体裁を考えれば、そうする他に選択肢はどこにもないし。

 事が事だけに妊婦だからと言う理由だけで彼女をお咎なしにも出来ない、それにここでなにもしなければこの場に集まった貴族達に批判されるだろう。


 だからそうするのが一番いいと頭ではわかっている、だが腹が膨らみ始めた妊婦に処刑を言い渡すのだけはやっぱりどうしても嫌だった。


 玉座に座る国王シュナイゼルには。

 王妃アイリーンがレオンハルトを妊娠していた当時の姿と、リリアンの今の姿が重なって見えてしまっていたから。


「『まさかその娘には罪がないと、ネムス国王は……おっしゃるのではないですわよね?』」


 女王エレノアは、なかなか処刑を言い渡さない国王シュナイゼルに痺れを切らして決断を迫る。 

 この状況のどこに、迷うような事があるのかエレノアはまったくもって理解出来ない。 

 さっさとその娘にも処刑を言い渡してしまえば、この話はこれで終わり。

 そうしたら次は大使キルデリクをここに連れてきて、その罪を問えばいい。


「っ……リリアン・ハインツ、そなたには」


 意を決して、国王シュナイゼルはその処分をリリアンに言い渡そうとした。


 ――その時。


「……待って下さい。当時者である私がいないのに、私に関わる話を勝手に決めないで頂けますか?」


 謁見の間に響いた声。

 

 その声の出処を辿っていけば、そこには大きく開かれた謁見の間の扉。

 そしてその扉の前に立つ、マリアベルとクロヴィスの姿がそこにはあって。


「『どうしたの……?』」


 全て終わらせて娘の憂いを早く晴らしてあげたかった女王エレノアは、不思議そうな顔をする。

 マリアベルが発したその声は怒りに満ちていて、どうして娘がそんなに怒っているのかエレノアにはわからなかった。


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