62 楽に死ねるとは思わないことね

62



「『ネムス国王、よろしくお願いします』」


「ええ、承知しました。ではキルデリク・アブラームをここに連れて来させましよう」

  

 実際の所。

 二十年前の王女誘拐に関する証拠はネムス国側の協力もあり、既に出揃っている。

 

 なので、大使キルデリクをわざわざ呼び出したりする必要はもうなかった。


 けれど外交使節団と共にやってきたキルデリクがエレノアの大事な親友に邪な目を向けて偉そうにしていたとか、大使としての権力を使いエレノアの娘を自分の妻に無理矢理しようとしていたとか。


 そんな愚かな行為をしていたと親友フォンテーヌ公爵夫人から女王エレノアは昨夜聞かされたので。

 この国の王に頼んでこの場を急遽用意して貰ったのだ、これから自分がどうなるのか教えてあげる為に。

 

 そして大使キルデリク・アブラームは騎士達に取り囲まれるようにして、この謁見の間へと強制的に連れて来られた。


「貴方達なにをするんですか! いい加減離しなさい、私はアウラの大使ですよ……!」

  

 だがこの男。

 周りが全く見えていないのか、未だ自分が置かれている立場というものを理解出来ていないらしく。

 大使の自分が何故こんな酷い扱いを受けねばならないのかとか、無礼だなんだとか謁見の間に連れて来られてからもずっと文句をたれていた。

  

「『キルデリク・アブラーム! 静かにしなさい、これ以上我が国の恥を晒すつもりですか!?』」


 その聞き覚えのある声に。

 大使キルデリクは大きく目を開いて、ようやく辺りを見渡した。


「『っ……じ、女王陛下!? 何故ここに……アウラにいらっしゃるはずでは』」


 そして今さらその存在に気が付いたらしい。


「『……貴方がこの国で悪事を働いていると小耳に挟みましてね? 生き別れになった娘にも会いたかったですし、私も来てしまいました』」


「『この私が悪事を働く? なにかの間違いですよそれは……』」


「『……そう? ならどうして貴方は、他国の子爵と仲良くしてるのかしら?』」


「『子爵……?』」


「『ハインツ子爵の事よ』」

 

「『女王陛下? 私はハインツ子爵などという男は知りません』」


 そう言った大使キルデリクは、ニヤニヤと笑う。

 ハッタリだと思っているらしい。


「『……貴方は知っているかしら? この国とアウラの間でやり取りされる手紙はね、二年前から全て検閲されているのよ』」

 

「『二年前!?』」


「『ふふ、知らなかったわよね? じゃあこれ以上は言わなくてもわかるわよね、キルデリク・アブラーム?』」


 大使キルデリクを小馬鹿にでもするように、女王エレノアはくすくすと笑う。


「『……それがどうしたんですか、私にはなんの事だか全くわかりません』」


「『あらこの期に及んで言い逃れするつもり? 貴方がハインツ子爵に送った手紙もこちら側にあるし、貴方の家の人間は今頃アウラで拘束し拷問中でしょうから……直ぐに喋ると思うわよ?』」


 エレノアは確固たる証拠が出揃ったと、早馬でアウラにいる自身の側近達に伝えてある。

 

 ……なので今頃アウラでは。

 キルデリクの家門アブラーム家の人間を全員拘束し、拷問して喋らせている最中だろう。

 

「『……謀ったんですか、この私を』」


「『謀るなんて人聞きの悪い、ボロを出してくれないかなって泳がせていただけよ? さて貴方の罰はなにがいいかしら、鋸挽きの刑なんてどう? きっと楽しいわよ』」


「『待……っ、陛下それだけは……どうか!』」


「『楽に死なせて貰えると思わないことね? 私の子を貴方達は誘拐したんだから、それくらいのこと覚悟の上、なのでしょう?』」


「『嫌だ、嫌だあぁぁ……!』」


「『あら? 逃げるなんて往生際の悪い……』」


 突然叫び出し逃げようとする大使キルデリク、よほどその処刑方法は嫌らしい。

 だがキルデリクは逃げられない、ここには怒りに震えるフォンテーヌ公爵がいるから。


 一目散に走って逃げる大使キルデリク。

 扉まであと少しもう少しという所で、その頭部をフォンテーヌ公爵は掴み。

 謁見の間の重厚な二枚扉へと、キルデリクの顔面を叩きつけた。


「『がっ……!?』」


 そして為す術なく床へと崩れていった大使キルデリクはピクピクと痙攣した後、ピクリとも動かなくなった。


 その光景に、女王エレノアは慌ててフォンテーヌ公爵の元へと小走りで向かう。

 そんな簡単にキルデリクを殺されたら困る、なんの復讐もエレノアは出来ていないのだから。


「『ちょっ、殺してないわよね!?』」


「気絶させただけです、問題ありません」


「『あら、そう……? ならいいわ、ありがとうフォンテーヌ公爵。とっても助かったわ!』」


 それならまぁいいか、と。

 女王エレノアはフォンテーヌ公爵に礼を述べた。


「いえ、私もこの男には腹が立っておりましたので。こちらこそありがとうございます」


 そこへのんびりと歩いてくる国王シュナイゼル。

 正直他国の事情になんて関わりたくないが、傍観者を決め込んでいたら後で文句を言われそうなので玉座から渋々降りてきたのである。

 

「『それとネムス国王、貴方にも感謝を。多大な協力ありがとう』」


「いえいえ、友好国として当たり前の事をしたまでですので」


 そんな国王にも、女王エレノアは感謝を伝える。

 実際この国ネムスは今回の証拠集めに快く協力してくれたので、エレノアはこの国に感謝している。  

 ……この男個人には思うところが多々あるが。


「『あとは、娘のことなんだけど……』」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る