63 例えようのない怒り

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 隣国の王女誘拐に間接的にではあるが関わり、その王女を虐げていた罰として。

 ハインツ子爵夫妻に、火刑というこの国ネムスではかなり厳しい処分が下された。

 と、聞かされても。


 マリアベルは動揺した素振り一つすら見せることなく淡々とその話しを聞いていて、クロヴィスはとても驚いた。


 マリアベルの性格なら身内がそんな状況におかれたら、きっと心配し慌てるだろう。

 なのに慌てるどころか表情一つ変えないから、クロヴィスは確信する。

 ハインツ子爵夫妻は血の繋がらないマリアベルを冷遇し、虐げていたのだろうと。

 

 実際ハインツ子爵夫妻は、実の娘であるリリアンばかりを甘やかして贔屓し。

 血の繋がらないマリアベルには『お前は姉なのだから我慢しろ』と幼少の頃より我慢を強いて育てていた。

 

 ……だから、なのだろうか?

 同情心の欠片すらあの夫妻に対し湧いてこない。

 

 それに加え自分の中にあったハインツ子爵夫妻に対する負の感情に、マリアベルはこの時初めて気付かされた。

 

 なのに。

 大嫌いだったはずのリリアンにも、火刑という厳しい処分が下されてしまうかもしれない。

 ……という考えに行き着いてしまったら。

 

 マリアベルはいても立ってもいられなくなって、急にそわそわと慌てだした。

 そしてクロヴィスにその話し合いの場に自分を連れて行って欲しいと、懇願したのである。



 

◇◇◇ 



 


「どうして、どうして私を助けたの!? 私、お姉様に沢山酷い事したのに! 婚約者も奪ったわ! それに本当の妹でもないのよ……他人なのに……」


 マリアベルはリリアンを、王宮内にある自分の部屋までとりあえず連れて帰ってきた。

 この後リリアンは子爵令嬢から平民の身分に落とされ、教会で暮らす事になる。

 そうなってしまえば、隣国の王女という身分に戻る予定のマリアベルとはもう会うことは叶わないだろう。


 だからその前に一度リリアンとは腹を割って話しておきたかった、今まで話せなかったことを。


「さあ、どうしてでしょうか?」


「『どうしてでしょうか』じゃないわよ! それになんで疑問形なのよ!? お姉様が私を助けたのよ、理由くらいちゃんと説明しなさいよ」


「それは自分でも、よくわからないのです。なんでも私のモノを欲しがる貴女の事なんて、大嫌いだったはずですのに」


「だったら! 私のことなんて放っておけばよかったじゃない、そうしたら私も……」


 両親達同様に処刑を言い渡されていただろう。

 そして今頃悪臭漂う牢に入れられて夜の寒さに一人凍え、死の恐怖に泣きじゃくっていたはず。

 

 自分に訪れるはずだった処刑という未来を少し想像しただけで、リリアンの身体はガタガタと小刻みに震えだした。


 そんなリリアンにマリアベルは肩から温かなショールをそっとかけてやる、妊婦の身体を冷やすわけにはいかない。

 子には、なんの罪もないのだから。


「何故か私は貴女を放ってはおけませんでした、余計な事をしてしまったのなら謝罪しましょう。でも……私は貴女を助けた事に後悔はありませんよリリアン?」


「っ……馬鹿じゃないの、どうして恨まないのよ!? 私はあの親の娘なのよ、それに貴女を苦しませたくてオズワルド様も奪ったわ!」


「ええ、知ってますよ。私を苦しませたくてリリアンがオズワルド様を奪ったということは」


「そうよ! 最初は別に好きじゃなかったわ! お父様に私の方がオズワルド様にお似合いだから試しに付き合ってみたらどうだ? って言われたけど……そこまで乗り気じゃなかった」


「……お父様に、ですか」


「でもお父様に薦められて何度かオズワルド様にお会いするうちに好きになったの、それに……」


「それに?」

 

「お父様が……子どもが出来ればオズワルド様も私を選んで下さるって言うから身体もゆるしたのに……結局捨てられたわ、オズワルド様に会いに行ったら邪魔だから消えてくれって言われたの」


「っ……そう、ですか」

 

 リリアンはハインツ子爵に、オズワルドとの仲を薦められたと話す。

 もしそれが事実だとするならば、マリアベルとオズワルドの婚約破棄を仕組んだのはハインツ子爵ということになる。

 

 例えようのない怒りが湧いて出てくる。

 婚前交渉がご法度のこの国で、実の娘にあの男はなにを薦めているのか。

 気が狂っているとしか思えない。

 

 加えてオズワルドも子まで作っておいて捨てるなんて、なにを考えているのか。

 あんな男に惚れていた当時の自分がマリアベルはまた恥ずかしくなった。


「バチが当たったのね、お姉様に沢山酷いことをしたから……羨ましかったのよ、お姉様はなんでも出来るから。私は……上手く出来ない、だから」


「私も貴女が羨ましかった、キラキラ輝いていて……可愛くて、いつも皆から愛されていて」


「……愛されてなんてないわ、お父様が暇つぶしに私を甘やかすからみんな私に媚びを売っていただけよ。裏ではみんな、なにも出来ない私を馬鹿にしていたもの」


「リリアン……」

 

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