64 火刑台の上で

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 火刑が言い渡されたその瞬間から。

 ハインツ子爵夫妻は『嫌だ、死にたくない、助けてくれ』と喚き散らし暴れた挙句、その場から逃げ出そうとした。

 

 その為ハインツ子爵夫妻は逃亡や自殺等のおそれがあると判断され、設備の整った貴族用の比較的自由度の高い牢獄ではなく。

 殺人犯等の凶悪犯が収容されるような厳重警備下の牢獄へと収監された。


 処刑執行前にハインツ子爵夫妻に逃亡や、自殺などされてしまったら。

 女王エレノアの怒りの矛先が、今度はそれを防げなかったこの国に向いてしまうだろう。

 それだけは絶対に勘弁して欲しい。

 

 これ以上厄介事を増やされたくないのだ国王は。


 


 鉄格子の嵌った小さな明り取りの窓からしか、外界を窺い知る事の出来ない牢の中で。 

 ハインツ子爵はどうにかしてここから逃げ出そうと、力任せに鉄格子をガタガタと揺さぶってみる。

 だが鉄格子はとても頑丈で、どんなに強く揺さぶっても子爵の力ではビクともしない。


「クソ、処刑なんぞされてたまるか……!」


 しかも火刑なんて。

 自分は隣国の王女殿下誘拐などという、大それた事には関わっていない。

『この赤子を育ててくれたら金をやる』と、子爵領をよく訪れる商団の人間が言うから実子としてマリアベルを育ててやっただけ。

 

 それに赤子を育てる報酬として、多少の金は確かに貰いはしたがはした金でしかなく。

 マリアベルが隣国の王女殿下だったなんて、二年前この王宮に呼び出されるまで本当に自分は知らなかった。


 そりゃその話を持ち掛けてきた人間が、隣国アブラーム家が運営する商団の商人だと自分達はよく知っていたが。 

 それを喋れば、アブラーム家になにをされるかわからなかったんだから仕方ないじゃないか。


 と、頭の中で言い訳だけを延々と繰り返し。 

 ハインツ子爵は反省する素振りすらなく。

 ガタガタと鉄格子を揺すったり、どうやって逃げ出そうかと牢の中を行ったり来たり。


 

 そんなハインツ子爵の隣の牢には、ハインツ子爵夫人が入れられており。

 こちらはガタガタと震えるばかりで動く気配はなく、処刑の恐怖に怯えていた。


「……どうしてこんな事になってしまったのか、やっぱりあんな子ども育てるんじゃなかった。処分しておけばよかった」

 と、ハインツ子爵夫人は後悔して愚痴をこぼす。 

 けれどその後悔は、マリアベルを虐げていた事に対してではない。

 

 前に夫が言った通り。

 殺しておけば隣国の王女だと発覚なんてしなかったのに、と悔しがっているだけだった。

 




  

◇◇◇



 

 あれからどれだけの時間が経ったのだろうか?

 一日二食のまるで残飯のような食事だけしか与えられず、狭くてジメジメとした牢の中でハインツ子爵夫妻は憔悴しきっていた。

 

 どんなに助けてくれと叫んで誰も助けになど来ないし、ここから逃げることも出来そうになくて。

 

 そしていつ執行されるともわからない処刑。

 その恐怖に苛まれて夫妻は夜も満足に眠れない、朝を迎えるのがただただ怖い。

 いっそ死んでしまおうかと夫妻は思ったが、看守の目が光っていてそれも出来そうにない。

 

 ……刻一刻と迫る処刑。

 それに怯えて迎えた何度目かの朝。


「大人しくしろ、今からだ」


 そう、一言告げられた。

 

「い、嫌だ、助けてくれ……! なんでもするから! 火刑なんて、頼む、金なら払う」


「嫌よ、助けて……お願いします!」


 牢の中までやって来た騎士達相手に、助けてくれと必死になって懇願するハインツ子爵。

 その声に隣の牢に入るハインツ子爵夫人も反応し、助けてと言って泣き叫ぶ。

 

 だがその願いは決して聞き入れられる事はない、ここにはフォンテーヌ公爵がいるのだから。


「ハインツ、みっともなく騒ぐな!」


「っひ……!」


「騒いだ所でもうなんの意味もない。誰もお前の事を助けには来ない。これはお前自身が招いた事だ。反省してその命で償うんだ、お前は貴族だろう」 


 と、国王に頼まれてやって来たフォンテーヌ公爵がハインツ子爵に諭した。 


 本当は死刑囚の護送なんてするような立場ではないが、もし逃げられでもしたら一大事。

 なので国王シュナイゼルは、一番信用の出来る自分の護衛騎士にハインツ子爵の護送を頼んだのだ。 


 そしてその報酬は休暇一ヶ月。

 前回の分も含めて、連続二ヶ月の休暇を得たフォンテーヌ公爵の機嫌はこう見えて実はすこぶる良い。

 二ヶ月もの連続した休暇があれば、愛する妻と旅行に行く事だって出来るのだから。

 

 だから諭した。

 怒鳴りつけたりする事無くフォンテーヌ公爵は、ハインツ子爵相手に子どもに言い聞かせるように根気強く諭した。


 ……もう、逃げられないのだと。

 

 そして後ろ手に拘束されたハインツ子爵夫妻は、カーテンが掛けられた馬車に乗せられて処刑が行われる王都の中央広場へと向かう。


 もうこの牢に戻る事はない。

 ずっと出たくて出たくて仕方なかったのに、その牢から出るのがすごく怖い。


 そして今さらに後悔した。

 どこかから誘拐された赤子だと気付いていたのに金に目が眩み実子として育てた事を、そしてマリアベルを虐げていた事を。

 

 ハインツ子爵夫妻は後悔して、初めて反省した。


 火刑台の上で。


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