43 使節団到着

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 隣国アウラより。

 外交使節団の最上級位である大使を乗せた馬車の隊列が、王宮へと到着した。


 その突然の知らせを受けて。

 一気に慌ただしくなるのは王宮内部、使節団がこの国にやって来るのは来月だと聞いていた。

 

 なのにどうしてこんなに早く!?


 使節団が宿泊する部屋も世話をする使用人もまだ決まってすらいないし、歓迎の宴の準備なんて直ぐには用意が出来ない。

 

 それにこの国と隣国アウラでは話す言葉が全然違う、あちらが話す言葉は公用語として世界で通じる言語。


 そしてこの国ネムスは独自の言語を使っていて、国土こそそれなりに広いものの隣国アウラに比べれば軍事力も経済力もまだまだ劣っている。

 

 だがこれでも隣国アウラの力を借りて、数十年前に比べればかなりマシになってきていて。

 それなりに発展してきている。

 

 が、やはり隣国アウラにはまだ遠く及ばない。 

 だから公用語を話せる者をこちら側が手配しなくては、意思の疎通すらままならない。


 確か大使はこちらの国の言葉を多少は話せたはずだが、それも日常会話程度。

 外交の為の話し合いではやはり通訳が必要で、皆大急ぎで準備に駆けずり回る。



「あの……侍女長様? 私達もなにかお手伝いした方がよろしいのではありませんか? 皆様とても大変そうです」


 それをレオンハルト第一王子がいふ銀獅子宮から見ていたマリアベルは、なにか自分にも手伝いが出来ないかと侍女長に申し出た。


 大変な時こそ助け合いが大事だと、教会で神父様からマリアベルは教えられ学んできたから。


「確かにそうですね……今は猫の手も借りたいくらい忙しいでしょうし。そういえばマリアベル、確か貴女公用語が出来ましたよね?」


「はい、日常会話程度……ですが」


「またなにを謙遜しているのですかマリアベル? 貴女は通訳として外交の場に立てるくらいの実力だと、私は聞き及んでおりますよ」


「いえ、そんな……一般教養として学んだ程度です。外交の場にだなんて、そんな畏れ多い」


 侍女長からの言葉に謙遜するマリアベルだが、実際外交の場に通訳として問題なく立てる程度には公用語を話せた。

 本人にその自覚が全くないだけで。


「ほんとうにマリアベルは慎ましいんですから。それは貴女の長所でもありますけれど、欠点でもありますのよ? 謙遜しすぎるのもあまりよくないわ、それはわかっていらっしゃる?」


「……はい、重々承知しております。もう少し自分に自信を持たなくてはいけないと、頭ではわかっているのですが……やはりどうしても難しくて」


 この国で慎ましいのは美徳だが、行き過ぎると周囲まで不快にさせてしまう。

 マリアベル自身それはよくわかってはいる、だがどうしてもつい謙遜してしまうのだ。


「きっとこれまであまり褒められた事がないのね、大丈夫よマリアベル。これから自分に自信をつけていきましょう?」


「はい……努力致します」


 どう頑張れば自信が付くかはわからないが、とりあえず頑張ってみるらしいマリアベル。

 その前向きな姿に侍女長はつい笑みが溢れる。


「ふふ、じゃあマリアベルは使節団の所へ通訳に行ってあげて頂戴? 公用語の通訳は直ぐに手配が出来ないだろうから、きっと皆さん喜ばれると思うわ」


「はい、かしこまりました。では私はアウラの使節団の方々の所へお手伝いに行って参ります」


 侍女長にぺこりとお辞儀をして、アウラの使節団の元へと向かおうとするマリアベル。


  

 ――その様子に。


「待って! マリアベルは行っちゃ駄目っ……!」


 慌てて待ったをかけるレオンハルト第一王子、その顔はいつになく真剣で焦っていた。


「え? レオンハルト殿下、『行っちゃ駄目』とは……? どういう……」


 首を傾げて何故駄目なのか、レオンハルト第一王子に問い掛けるマリアベル。


「えっ……と、マリアベルは私の侍女だから? そう! いつでも私の傍にいてお茶を入れなければいけないから! どこにも行っちゃ駄目なんだよ」


 碌な言い訳が思い付かなかったのか、レオンハルト第一王子は適当な理由を作る。

 別にお茶なんて誰が入れてもいいし、侍女は別に主人の傍にずっといるわけではないのだが。


「あ、それは確かに……?」


 だがそんなレオンハルト第一王子の適当な言い訳に、マリアベルは簡単に納得する。

 

 マリアベルにとってレオンハルト第一王子は優しくて素晴らしい主君だし、嘘なんて付かない聖人君子のような人間だと思っているから。


「だから……マリアベルはアウラから来た使節団とか大使に、絶対に近付いては行けないよ? いっそ使節団滞在中はずっとこの銀獅宮から出ないで欲しい……」


「えっ……近付いてもいけないのですか!?」


「うん絶対に駄目。ほら……マリアベルはとっても優秀な侍女だから、アウラの使節団に目を付けられて引き抜かれるかもしれないし! すごく危険だ」


「まさかそんな……あり得ないですよレオンハルト第一王子殿下。私はただの侍女ですし」


「いやいや、世の中いつ何時いったい何があるかわからない。そう思うだろ? クロヴィスも……」


 そしてレオンハルト第一王子に、突然話を振られたクロヴィスは。


「ああ、マリアベルはアウラの人間には絶対に近付くなよ? 何があるかわかったもんじゃない。危険だから」


「クロヴィス様まで……?」


 クロヴィスにまでアウラの近くに行くのは駄目だと反対されるマリアベル、そんなに言うほど危険なのかと首を傾げる。


 以前夜会でアウラの使節団の一人と話した時はそんな雰囲気、全く無かった。

 と、マリアベルはふと思い出した。

 

 というかあの夜会でアウラの人間に、マリアベルは助けて頂いたのだ。

  

 オズワルドが赤ワインで汚したドレス、流石にそのままの格好で華やかな夜会にいる訳にもいかない。

 けれどレオンハルト第一王子の晴れの舞台、それをマリアベルは最後まで見届けたかった。


 でも夜会に出られるようなドレスを、マリアベルはその一着しか持ち合わせていなかった。


 だからどうしようかと途方に暮れていると。

 それに気付いたアウラの使節団の一人が替えのドレスを無償で用意してくれたのだ。


 そのおかげでレオンハルト第一王子の婚約者発表の夜会に、最後まで出席する事が出来た。


 なのでアウラの使節団が危険と言われても、イマイチ納得出来ないマリアベルだった。

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