44 笑う王妃

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 ――その夜。 

 急遽準備された、アウラ国の大使や使節団の使者達を歓迎する晩餐会。

 

 その晩餐会の席にはネムス国側の王族や大臣達の、にこやかな顔がずらりと並び。

 アウラの大使や付随の外交官達と、楽しげに談笑し食事を楽しむ姿が見られた。

 

 が、そのにこやかな表情の裏。

 本心ではまるで見計らったように突然やってきたアウラ大使に対する警戒心で、皆が殺気立ちピリピリとしてしまっていた。 

 

「アウラの皆様ようこそ。我が国へのご訪問を、心より歓迎申し上げますわ」

 

 アウラの大使を歓迎なんぞ、全くしていない王妃アイリーンだったが。

 王妃としての立場上、仕方なく歓迎の意を示してにこやかに微笑む。


「ネムス国王、そして王妃。再び相まみえた事を私達も心より嬉しく思います」


 朗らか笑みをその色素の薄い顔に浮かべるのは、アウラ国の大使キルデリク・アブラーム。

 アウラ国では侯爵の地位についている眼鏡をかけた少し背の低い細身な男で、歳は三十代前半。

 見るからに普通そうな見た目で、人畜無害な雰囲気を醸し出すような人物である。


「あら、もしかして我が国の言葉を……?」


「はい、国に帰ってから少し勉強しました。通訳を通さずとも話せるように」


 以前此方を訪問した時は、日常会話程度しか話せなかったはずの大使が流暢にこちらの言葉をすらすらと話す。

 

 その様子に、王妃アイリーンを始めとして国王シュナイゼルや大臣達も目を丸くて驚いた。


「それはそれは……なんともありがたいですわ。本当はこちらが公用語をもっと話せるようにならなくてはいけませんのに」


「私は話すのが仕事のようなもの、なので皆さんはお気遣いなく。それに彼女と気兼ねなく二人で話がしたいというのもあるのです」


 大使が言う彼女。

 それはつまりマリアベルの事で。

 

 王妃アイリーンはぴったりとその顔に貼り付けていた、にこやかな微笑みをピクリと引き攣らせた。

 

「あら、まあ……そうですの?」


「そ、そういえば……! 今回は我が国の教会を見て回りたいとお聞き致しましたが」


 そして不穏な空気を漂わせ始めた王妃に気付いた国王シュナイゼルは、話を逸らそうとするが。


「ええ、そうなんです! 彼女をアウラに連れて帰ったら無事の帰還を祝う意味でも大々的に式をあげるつもりでいるのですが、彼女が育ったこちらでも是非結婚式を挙げたいと思っておりまして」


 ……藪蛇。

 話を逸らそうとして余計な事を聞いてしまったと、国王シュナイゼルは激しく後悔した。


「あっ、結婚……」


 そしてちらりと隣にいる王妃の表情を窺えば、まるで氷のように冷たい瞳で大使を見据えていた。

   

「……ですがもし。あの子が結婚を嫌がり、アウラにも行く事を拒んだら大使はどうされるおつもりです?」


 その王妃アイリーンの問いに。

 大使やアウラの外交官達がざわりとどよめく、そんな事を聞かれるとは思っていなかったらしい。


「王妃それはあり得ない。彼女はアウラの人間、こちらには実の両親もいる。だからそれを知ったら帰りたいはず……それに以前会った時彼女は私ともっと話したいと言っていた」

 

「……ですがこちらに他に愛する人がいたら? 大使は引き離すのですか」

 

「彼女は婚約者に婚約破棄されたと、私は聞いていますよ」


「それはもう三ヶ月も前の事ですわ大使。年頃の娘が新しい恋をするのに時間はかかりませんのよ?」


「……王妃はなにか知ったような口ぶりだね?」


 王妃アイリーンの言葉に、アウラの大使は不快感を表情に表す。

 流石に気に障ったようである。


「あら、そう見えまして? 実はあの子、素敵な殿方に先日プロポーズされて婚約したんですのよ!」


 と、王妃アイリーンは爆弾を投下した。




「は?」


 何を言っているのかわからない、そんな顔で王妃を二度見したアウラの大使。

 その表情は次第に険しいものへと変化する。

 

「な、アイリーン!? 私はあの二人の結婚の許可なんてしてないぞ!」


 そして驚く国王シュナイゼル。

 そんな二人の様子に王妃アイリーンは、とても楽しそうにクスクスと小馬鹿にしたように笑う。


「あら、でも婚約致しましたわよ?」


「まさか……アイリーン! 君は勝手に!? そんなものは今すぐ取り消す!」


「ふふ、残念ですがそれは取り消せません。それに勝手じゃありませんわよ? だって、教会の承認で二人を婚約させて来たんですもの。シュナイゼル貴方が駄目って言うから……大使が王宮に来たのを見て、さっき大急ぎで枢機卿猊下にお願いしに行ってきたんですのよ?」


「は? さっき……」


「貴方にバレないように出掛けるの、大変でしたのよ? わたくし、とっても疲れましたわ」


「あ、アイリーン……」


「ですので、もし二人の婚約に異議があるならばどうぞ教会へ。わたくしの手からはこの件、もう離れました! ああ、残念でしたわねシュナイゼル?」


 満面の笑みで王妃は告げたのだった。

 

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