45 王妃様の秘密作戦
45
その作戦が始まったのは外交使節団歓迎の晩餐会から時を遡ること、約数時間ほど前。
隣国アウラから外交使節団や大使がネムス王宮に馬車で到着したと、謁見の間に知らせが入ったあたり。
そしてその作戦は王妃アイリーン主導により、国王シュナイゼルには内緒で行われた秘密作戦である。
――よく晴れた麗らかな午後。
王妃アイリーンがいつものように高位貴族の貴婦人達と、庭園でお茶会を楽しんでいると。
血相を変えて伝令の騎士が謁見の間の方向へと駆けていくのが、視界の端に映った。
そのただならぬ様子に。
常に傍で控えている侍女に何があったのかと、アイリーンが急ぎ調べさせれば。
直ぐさま『アウラ使節団到着』と、報告があがってきた。
「……皆様、わたくし火急の用が出来てしまいました。ですので大変申し訳ないのですが、本日のお茶会はこれにてお開きとさせて頂きますわ」
スっと席から立ち上がり。
そう宣言した王妃アイリーンの顔は、いつになくとても険しいもので。
「あら殿下、どうかなさって?」
お茶会に招かれていた高位貴族の貴婦人は、心配そうな顔で尋ねた。
「……馬鹿亭主の不始末を片付けにいくのです。想い合う若い二人をあの馬鹿は、お国の為だとか言って引き裂こうとしているんですの! 実に嘆かわしい! 自分の夫ながらとても恥ずかしいですわ……」
「まあ……! それは直ぐに動かなくてはいけませんね、王妃殿下。もし私達にお手伝い出来る事がありましたらいつでもおっしゃって! 直ぐに駆けつけお助け致します!」
「ええ、そうですね。私達、そのような事ならいつでも助力を惜しみませんわ! 王妃殿下、頑張ってください!」
と、口々に応援を始めた。
このお茶会にいた高位貴族の貴婦人達は、アイリーン自身もそうなのだが。
みんなロマンス小説が大好きだった。
だからそんな小説の様な展開に、貴婦人達は胸を激しく高鳴らせた。
そして自分もそれに関われるならと、喜んで次々に助力を申し出ていく。
「皆様ありがとう。そうおっしゃって頂けると、とても心強いですわ。何かありましたらその時は是非よろしくお願い致します! ではわたくしは、直ぐに行って参ります!」
「王妃殿下、吉報をお待ちしております……!」
それに加えて気迫のこもった凄味すら感じさせる王妃アイリーンの後ろ姿にも、何やら感じ取るものがあったらしく。
事の詳細まではわからなかったみたいだが。
高位貴族の貴婦人達はこの時、完全に王妃側に付いたのだった。
そして王妃アイリーンは慌ただしくお茶会の席から離脱して、レオンハルト第一王子のいる銀獅子宮へと小走りで向かう。
銀獅子宮行けばマリアベルやクロヴィスがいる、これは急を要する重要な任務。
可及的速やかに、そして秘密裏に行われなければいけない。
国王やアウラに外堀を埋められてしまう前に、こちらが先手を取って外堀を埋めてしまう。
そうすればあちらはおいそれと手出しが出来なくなる、だってマリアベルはアウラの姫。
その意思に反した行いをすれば、あちらが不敬罪に問われることになる。
だからこちらはそれを利用させて貰う。
あちらもマリアベルの出自を利用して求婚したように、こちらもそれを利用させて貰うのだ。
本当はもう少し時間をかけて、初々しい二人のペースに合わせて進めてあげたかった。
が、そんな悠長な事はもう言っていられない。
あちらがどんな汚い手を使って、マリアベルを囲い込んでくるかわからないのだから。
◇◇◇
「……という事でマリアベル、クロヴィス? わたくしに付いてきなさい、教会に参りますわよ」
「え……?」
「ちょっ、王妃殿下!?」
「母上……」
突然銀獅子宮にやってきた王妃アイリーン。
急にどうしたのかと、レオンハルト第一王子が質問する前に。
『アウラから使節団が来たから、マリアベルとクロヴィスを婚約させて守るわよ』
と、捲し立てるように述べて二人を連れて行こうとする。
「もたもたしていたら邪魔が入ってしまいますわ、ほらお急ぎになって?」
「え、あの……?」
驚いて固まるマリアベル。
それもそうだ、隣国の大使が自分に求婚しているなんて突然言われたのだから。
「まだ貴女に……マリアベルに話さなくてはいけない事があるのですが、それは向こうでお話します。今は時間がありませんの、だから早く……」
マリアベルの手を引いて連れて行こうとする王妃アイリーンは、酷く焦っているように見えた。
「マリアベルに話っていったい……母上?」
「レオンハルト、貴方には帰ってから話します。だから私が王宮にいないのをシュナイゼルに隠しておいて? 邪魔されたら面倒なのよね……」
国王シュナイゼルがアイリーンの企みを知れば確実に邪魔してくる、それは目に見えている。
まあ国王シュナイゼルが邪魔した所で、王妃アイリーンは痛くも痒くもないし目的を達成出来る自信があるのだが。
……後で夫を小馬鹿にして遊ぶ楽しみが減る。
だから今は気づかれたくない。
「ですが王妃殿下、俺はマリアベルに結婚の無理強いはしたくない……!」
王妃アイリーンを止めるクロヴィス。
クロヴィス自身本当はマリアベルを囲い込んでしまいたい、けど嫌がっているのを無理やりなんて事は絶対にしたくない。
「……じゃあクロヴィスはマリアベルをアウラに奪われても、それでいいのかしら?」
「それは! でもマリアベルが嫌がってるのに……」
マリアベルをアウラに奪われたくなどない、せっかく初恋が実ったのに。
でも嫌がっているのに無理矢理とか、誰かに強制されてするというのは違う気がした。
だからクロヴィスは王妃アイリーンの行く道を塞ぐ、自分の気持ちをぐっと押し込めて。
――そんなクロヴィスの姿を見て。
「……ふふ、クロヴィス様? 前にも言いましたが私、貴方との結婚が嫌だなんて一言も言っておりませんよ?」
と、マリアベルは可笑しそうに笑っていた。
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