28 毒親

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 今にも射殺さんばかりにマリアベルを睨み付けるオズワルド、その瞳には激しい憎悪が宿る。

 それはラフォルグ侯爵がオズワルドを羽交い締めにして抑えつけていなければマリアベルに襲いかかり、殴り倒してしまいそうなほど。


「あ……」


 その視線に気付いたマリアベルはビクリと肩を揺らし、反射的に一方後ろに下がる。

 

 そんなマリアベルのただならぬ様子に気付いたラフォルグ侯爵は、腕に更に力を込めてオズワルドを石畳の地面へと抑えつけた。

 

「オズワルド……!」

 

「ぐっ……なにするんですか!?」


「いい加減にしろ、これ以上家の恥を晒すな! お前みたいな奴など……廃嫡だ!」

 

「父さん!?」

 

 いくら一人息子とはいえ、若気の至りで許される範疇をオズワルドは既に超えてしまっている。

 ここで甘い処分をオズワルドに下せばそれはラフォルグ侯爵家だけではなく、自分達に連なる多くの者達にまで影響を及ぼしてしまう。

 父親としては一人息子をわざわざ廃嫡などしたくはないが、侯爵家の当主としてはそうせざるおえない。

 

 そんなオズワルドの姿にマリアベルは悲しげな顔をする、どうしてここまで愛した人に憎まれなければいけないのかと。 

  

「マリアベル、大丈夫か?」


「はい、クロヴィス様。私は大丈夫です、ご心配には及びませんわ」


 心配したクロヴィスがマリアベルの肩を抱き気遣うが、その表情は曇ったままで晴れ晴れしない。

 今日はマリアベルと楽しいデートになるはずだったのに、何故馬鹿共の茶番劇に付き合わされなくてはいけないのかと苛立ちが募る。 

  

「……まあまあ、ここは一旦落ち着きましょうラフォルグ侯爵殿? 婚約破棄、その程度で廃嫡なんてそんな重い罰はあまりにもご子息が可哀想ですよ」


「ハインツ子爵……?」


「わが子爵家と致しましては出来ればリリアン、最悪マリアベルとオズワルド様が再び婚約を結び、結婚してくれさえすれば……何も問題はないのです」


「なにを言ってるんだハインツ子爵?  マリアベルさんは貴方の可愛い娘だろう、『その程度』で済むような話ではないはずだ」


「まあそれはそうですが。マリアベルは一人の男の心を繋ぎとめられもしないような女の魅力に欠ける娘。オズワルド様が婚約破棄したのも、娘自身に魅力がないからであって……親の私としましては、致し方ないのかなと思っているところでして……」


「なにを……?」


「それにですね、オズワルド様が見染められた妹のリリアンの方は親の欲目無しに美人で可愛い娘ですから、マリアベルが捨てられるのも仕方のない話なんですよ!」


 ハインツ子爵のあまりにも酷い言い草に、ラフォルグ侯爵はただ驚いて目を見張る。

 普通の親ならば実の子を貶める様な事は決して言ったりしない、だがハインツ子爵はそれがさも当たり前のように笑って話す。


 ――だから。


「もしや……マリアベルさんは、ハインツ子爵の実の子ではないのか?」 


 まるで一人言のように、ぽつりとラフォルグ侯爵はハインツ子爵に問う。


「っ……ま、まさか。誠に残念ですがマリアベルもうちの娘ですよ、妹と違って出来があまりよろしくはありませんがね! いやはやお恥ずかしい」


 本当にそう思っていそうな顔で、ハインツ子爵はマリアベルがリリアンより劣ると笑いながら話す。

 

 そんなハインツ子爵に。


「……黙って聞いていれば好き放題マリアベルのこと言いやがって、大概にしろよオッサンっ!」


「なっ……オッサン!? 」


 クロヴィスは我慢の限界だった。

 先王が出てきた事で、騒がしい連中も大人しくなるとクロヴィスはそう考えていた。

 だが不敬にもハインツ子爵は大人しくなるどころか、マリアベルを貶めるような発言を繰り返した。


 だから公の場だからと被っていた猫を投げ捨てて、クロヴィスは声を荒げた。

 貴族らしい回りくどい比喩のような言葉で窘めたところで、ハインツ子爵は全く理解しないから。


「マリアベルに女の魅力が無い!? どこがだよ、めちゃくちゃ美人で魅力的だろうがっ……!」


「えっ……」


 とりあえず一番言いたかった事を言うクロヴィス、その顔はいつになく真剣で。

 

「丁寧に手入れされた銀髪はさらさらだし、涼やかな目元はエキゾチックで色っぽいし!? 無駄な肉のないすらりとしたマリアベルの身体は華奢でついぎゅっと抱きしめたくなる! それに……」


「抱きしめ……?」


「えっ、ちょ、クロヴィス様!? やめ……」


 そしてマリアベルの女の魅力を、ハインツ子爵に事細かに熱く語りだしたクロヴィス。


 その熱量に、呆気に取られたハインツ子爵はなにも言い返すことが出来ない。

 

 親に魅力を熱心に語られてしまったマリアベルは、顔を真っ赤にして今なお魅力を語り続けるクロヴィスの口を塞ごうと必死に手を伸ばす。


「……えっ、なに?」 


「『えっ、なに?』じゃありませんっ! もう恥ずかしいので止めて下さい……!」


「まだ小一時間は余裕で語れるけど……マリアベルが嫌なら止める。でもお前はめちゃくちゃ魅力的だからな! あんな奴の言った事なんて気にすんなよ」


「う……はい、わかりましたから。もうやめて下さいクロヴィス様。私、恥ずかしくて死んじゃいます……」 


 そんな二人の仲の良い様子に。


「ちょっと! なんなんですか貴方は……どうしてマリアベルさんにそんなに馴れ馴れしいの!?」


 泣き崩れていたラフォルグ侯爵夫人が立ち上がり、鬼気迫るように叫ぶ。


「……なに? 俺達の仲が良くて、何かラフォルグ侯爵夫人に不都合でもあるの?」


 不機嫌を隠そうともしなくなったクロヴィスが、険のこもった声でそう応える。


「それはっ……! その……マリアベルさんは、うちのお嫁さんに……」


 まるで懇願するように、ラフォルグ侯爵夫人はマリアベルの目をじっと見つめる。

 ラフォルグ侯爵夫人はまだ諦めきれない。

 マリアベルさえオズワルドの元に嫁いでくれたら、全て解決するのだから。

 

「……ラフォルグ侯爵夫人、残念だがその願いは絶対に叶わない。だってマリアベルは俺と結婚するから」


「なっ……なんですって!?」


「クロヴィス様!?」


 悲鳴のようなラフォルグ侯爵夫人の驚愕の声に紛れて、マリアベルはクロヴィスの名を叫んだ。

 

 だってクロヴィスと結婚するだなんて、マリアベルは一言も言っていない。

 それどころか、クロヴィスの告白にマリアベルはまだ答えていないのだから。

 

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