29 歓声

29


 

 マリアベルはクロヴィスに告白の返事をまだしていない、なのにどうして『結婚する』とこんな公の場で宣言してしまったのか。


 その宣言の意図が理解出来ず、困惑するマリアベルはクロヴィスの名を叫んだ。

 

「クロヴィス様!?」

  

 だがその声はラフオルグ侯爵夫人の声に掻き消され、その結婚の相手とされたマリアベル自身も驚いている事にそこにいる誰も気付かない。

 


 ――不意に歓声が上がる。


「おおおおっっ……! 貴族のお兄さんカッコイイー! やるじゃんっ!」


「貴族の兄さんよーく言った、えらい! その美人な姉さんしっかり守ってやるんだぞっ」


「末永くお幸せにー!」


 この騒動の一部始終を見物していた人々から、ドッと上がった歓声はクロヴィスを応援するもので。


 それを聞いたマリアベルは耳まで真っ赤になり、恥ずかしさのあまり両手で顔を隠した。


「もう、クロヴィス様の馬鹿っ……!」


「あ……マリアベルごめっ、あはは、でもこれどうしよ……」


 そんなマリアベルの恥ずかしそうな様子にクロヴィスは苦笑いを浮かべる、まさか見物していた人々がこんな反応をするなんて予想外だったから。


「なっ……なんですか、これは! ちょっと貴方達っ止めなさい! マリアベルさんはうちに……」


 クロヴィスとマリアベルを応援するように手を叩き上機嫌に囃し立てる観衆に、今すぐ止めるよう叫ぶラフォルグ侯爵夫人。

 だがその声は二人の結婚を応援する歓声に掻き消され、無視される。


 そして興奮冷めやらない見物人達はクロヴィスとマリアベルを盛大に囃し立て、それを邪魔するハインツ子爵やラフォルグ侯爵夫人に対して非難の声を次々に上げ始めた。


「貴族の兄さん負けんなよ! 好いた女は何がなんでも手に入れてその手で守るんだぞ! あと浮気はすんな、嫁さんは怒らすとマジで怖ぇーぞぉー!」


「いやぁ浮気は大丈夫だろ? あの貴族の兄ちゃん、嫁の尻に敷かれる気がする。なんか俺と同じ波動を感じる……っ!」

 

「あんなべっぴんの姉ちゃんに尻に敷かれるならアリだな! 末永く尻に敷かれろよー!」

 

「貴族の横暴は止めろー!」


「そうだそうだ横暴はやめろー! 若い二人の邪魔なんかするなよなオバサン! そんなことやってあんた恥ずかしくないのか!?」


「恋人同士を引き裂くなんて最低ッ! これだから何もわかってない親は駄目なのよ!」


「こんな姑のいる家になんて、私なら絶対に嫁ぎたくないわー! それに息子の浮気を許せとかよく言える……あれ言ってて恥ずかしくないの?」


 ……それもそのはず。

 クロヴィスとマリアベルを応援する見物人達は、この騒動を一部始終を見ていたのだから。

 明らかに悪いのはオズワルドやリリアン、そして双方の両親達で。


 クロヴィスとマリアベルの二人は、どこからどう見ても騒動に無理矢理巻き込まれてしまった被害者。

 

 それに教会の神父様もこの二人の事を守っているように見える、だから初々しい若い二人を見物人達は声を大にして応援した。

 

 そんな見物人達をどこか楽しげに眺めていた先王、いや自称神父様な枢機卿は。

 

「なんだクロヴィス、お前……マリアベルちゃんに懸想しておったのか! ほうほうほう、ほーう?」


「……だったらなんですか? 揶揄って遊ぶつもりなら止めて下さい、今はそれどころじゃないんで」


「いやいや、そんなつもりはないんじゃが……そうかそうかそれなら私も一肌脱いで二人を盛大に応援してやらんとな?」


「いや、余計な事はしないで下さい。ややこしくなるんで。後で大人しく証言だけして下さい」


 つっけんどんにクロヴィスに拒否された自称神父様な枢機卿、だがその程度で大人しく引き下がるような聞き分けの言い人間ではなかった。


「……静粛に」


 たった一言、朗々とした声で静かにするように発した自称神父様な枢機卿はにっこりと穏やかに微笑む。

 そのよく通る声と朗らかな表情に気付いた人々はハッとして、場は次第に静けさを取り戻していく。


「皆の者の温かい声援、しかとこの私が聞き届けた! なぁに心配するな、この二人は私が責任を持って結婚させる。だからこの場は私に任せて今日の所は解散してくれんか?」


 その発言に応援していた人々は互いに手を取り合い、自らの事のように喜び合う。

 目の前で繰り広げられた、酷い両親に引き裂かれる若い二人のラブロマンス。


 それを神父様は悲恋ではなくハッピーエンドにしてくれると約束した、観衆にとってはこんなにも喜ばしいことはない。


「神父様、ありがとうございます!」


「二人を絶対に幸せにしてあげて下さいね!」


「私この素敵なお話、家に帰ったら皆に話して広めるわ……!」


「頑張れよ貴族の兄ちゃん!」


「クソ親達から彼女守るのよ……!」

 

 観衆は口々に自称神父様な枢機卿に礼を言って帰っていく、そして去り際にクロヴィスに激励する事も忘れない。

 

 そして後に残されたのは。


 羽交い締めにされているオズワルドとラフォルグ侯爵、そしてラフォルグ侯爵夫人。


 それからハインツ子爵夫妻に、色々あってピクリとも身動きが取れないリリアン。


 そしてオズワルドがマリアベルとの結婚式の為に招待したはいいが、面倒くさがって招待を取り消さずにそのまま招待した招待客達。


 あとはこの騒動に巻き込まれる形になった、クロヴィスとマリアベルで。


「私はもうそっちの世界からは離れてしまっておるから、此度の処分については息子に相談して任せる。だがな……マリアベルちゃんの事は私も昔から気に入っておっての、なにかしたら絶対に許さんならな? 努々忘れてくれるなよ?」


 と、笑顔で警告して。


 自称神父様な枢機卿はこの場からの解散を、命じたのだった。 

 

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