30 ふわふわの甘い綿菓子

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 屋敷に戻るなりラフォルグ侯爵はオズワルドの顔を拳で殴りつけ床に叩きつけた、流石に教会の前という公共の場所で暴力行為など出来なかった。


「この馬鹿息子がっ!」


「うぐ……と、父さんっ痛い……! ほんと痛いから、やめてください! もうやめ……」


 無様に泣き叫ぶオズワルドを無視して、何度も何度も執拗に殴るラフォルグ侯爵は怒りと恥ずかしさでいっぱいだった。


「家門の面汚しが! お前なんぞに期待した私が馬鹿だった……っ、オズワルド、お前は廃嫡だからな! 覚悟しておけ!」


「ま、待って下さい父さんっ、婚約破棄したくらいで……廃嫡なんてそんな、酷い」


「『婚約破棄したくらい』だと!? お前は自分が何をしたのかまだわかっていないのか! 彼女は、マリアベルさんはレオンハルト第一王子殿下のお気に入りの侍女だぞっ!」


「え……メイドじゃ? 王子の侍女……マリアベルが!?」


「あんなにも優秀な彼女がただのメイドなわけがないだろう! それにマリアベルさんは王妃殿下からのおぼえもめでたく……先王陛下……いや、枢機卿猊下からも特別に目を掛けられて大事にされている特別な女性なんだぞ!?」 

  

 なのにこの馬鹿息子ときたらそんな女性の妹に手を出し浮気した挙句、一方的な婚約破棄。

 そしてその彼女が手配した教会で、浮気した妹と結婚式を挙げようとするなんて。

 なんて馬鹿な真似をしてくれたのか。


 オズワルドがマリアベルにした行為は卑劣極まりなく、明日には社交界に侯爵家の醜聞として広まってしまっているだろう。


「でもあれは政略結婚でも無いし……マリアベルには婚約破棄の慰謝料を支払いました! だから私は悪くない……」 


「なにが『私は悪くない』だ! お前はここまで言われても反省すらしておらんのか!?」


「ちょ、父さん、やめっ……」


 殴りつけて床に転がしたオズワルドの胸倉を掴み、ラフォルグ侯爵はガンガンと揺さぶる。

 この頭には脳みそなどではなくふわふわの綿菓子でも詰まっているのではなかろうかと、息子が本気で心配になった。


「それに未婚の令嬢を孕ますなど、なにを考えているんだ? それに婚前交渉をするなんて、猿か畜生なのかお前は……あの娘はもうどこの家にも嫁げないぞ」


「り、リリアンは私と結婚します!」


「……それをこの私が許すとお前は本気で思っているのか? 婚前交渉をするようなふしだらな女と婚姻など、私は絶対に認めぬ」


「なっ!? ですがリリアンの腹には私の子がっ……それに彼女には結婚すると約束して……」


「あの女の腹の子がお前の子という確証はないじゃないか。それにその結婚の約束はただの口約束、我が侯爵家はそれを許可していない。廃嫡だけではなく家門からも追い出されたくなければ、私の決定に従うんだオズワルド」


「でも……!」


「オズワルド! お父様の言葉に従うのです! 」


 床に転がされた息子を助け起こしたオズワルドの母ラフォルグ侯爵夫人は、そう言って叫ぶように懇願する。

 

 廃嫡だけではなく家門からも追い出されてしまったら、なんの取り柄もないオズワルドでは生きていけないのはもう母親にはわかりきっていて。

 最悪場合、その日の身銭を稼ぐ事も出来なくて道端で野垂れ死んでしまうだろう。


 だからせめて家門の庇護下で、オズワルドでも出来る簡単な仕事を与えて生活をさせてやりたい。

 ラフォルグ侯爵夫人はそう願って、オズワルドに対して懇願するように叫んだ。


 だがこの馬鹿息子オズワルドときたら。

 悪戯を怒られた子どものように黙り込み、心配するラフォルグ侯爵夫人から顔を背けて不貞腐れる。


 そんなオズワルドの反省の色がない様子にラフォルグ侯爵は、溜息をこぼす。

 

 ――そして。


「執事、この馬鹿を反省するまで地下室にでも放り込んでおけ。水だけ与えて飯は絶対に与えるな、数日くらい食わんでも死にはせん」


「はい、かしこまりました旦那様」


 それだけラフォルグ侯爵は執事に命令して、執務室へと疲れたように歩いて行く。

 これ以上オズワルドの顔を見ていたら、殴り殺してしまいそうだから。


 そんなラフォルグ侯爵の命令を聞いて執事は恭しく頭を下げて、オズワルドを地下室に連れて行くように男の使用人達に命令する。

 オズワルドは騎士の採用試験を受けるくらいには身体がガッチリとしていて大きいので、執事一人では地下室に連れてはいけない。


 ……だが。


「お前達如きが私の身体に気安く触るなっ離せ! なんでこんな事に、これも全部マリアベルのせいだ……慰謝料をくれてやったのに!」


 地下室に連れて行こうとする使用人達に悪態をつき、離せと言って暴れるオズワルド。

 その姿は嫌だ嫌だと駄々を捏ねる幼い子どもそのものの様で、使用人達はどうしようかと顔を見合わせる。


「オズワルド止めなさいっ! お願いだから、後生だから少しいい子にして頂戴! これ以上お父様を怒らせたら貴方……!」


「あああっ……! くそがっ……」


 ラフォルグ侯爵夫人に窘められてようやく観念したのかオズワルドは、使用人達に抱えられるようにして地下室に運ばれたのだった。 

 

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