72 奪ってくれてありがとう

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 王配シリルは元々はアウラの人間ではない。

 国同士の友好の為に王配としてアウラに輿入れしてきた、他国の元王子で。

 シリルとエレノアは結婚するまで一度も会った事すらなく、お互いに恋愛感情はなかった。

 

 だが王族や貴族に生まれた以上、政略上の結婚をするのが当たり前のこの世界。 

 だがら特に気にすることなくシリルはエレノアと結婚して、望まれるままに子どもを儲けた。

 世継ぎを作ることが、王配となった自分が一番にしなければいけない重要な仕事だったから。

 

 そして仕事として作った娘にシリルはあまり興味が無く、産まれても直ぐに会いにいかなかった。

 だがエレノアに会えと命令されて仕方なく会いにいけば、娘シャンタルは思いのほか愛らしくて。

 どうして今まで会いに来なかったのかと後悔し、それからは毎日時間を見つけては会いに行くようになった。


 だがそんな時。

 シャンタル王女は誘拐されてしまう。

 

 女王エレノアと王配シリルは国中を血眼になってシャンタル王女を探すが、その行方は知れず。

 消息が掴めないまま時間だけが無情にも過ぎていき、シャンタル王女は誘拐した者に殺害されたと結論付けられて捜索は打ち切られた。


 その結果、王配シリルは心を病んでエレノアとの間に子を作ろうとは一切しなくなった。

 それだけその娘を大切にしていたのだろう。


 それから二十年後。

 娘が隣国で生きていたと聞かされて、王配シリルがどれだけ喜び神に感謝した事か。

 

 そしてようやくの再会を果たした娘はシリルのそんな気持ちを知る由もなく、婚約者を守る為に女王になると覚悟を既に決めていて。

 

 父親としてちょっと複雑な気持ちにはなったが、シリルは娘を応援する事にした。

 ――自分が持てる力の全てを使って。

 

 

「『じゃあ、そういうことだから。王位継承権を放棄して貰えるかな?』」


「『……はい』」


「『そうか、ならよかった』」


 なにがそういうことなのかと、思いはするが。

 その命令を拒否することなんて出来ない。

 

 王配シリルには逆らえないのだ。

 シリルはこの大国アウラより更に強国から友好の為に王配としてやってきた元王子で、その娘から王位を奪い自分達が王座に座ろうものなら。

 この国ごと潰されるだろう。


 だから側室と王子達は王配シリルの命令に『はい』と頷くほかに道はない。


 

   


◇◇◇



 

 麗らかな午後の日差しの下。

 王宮の庭園にあるガゼボにて。

 

 クロヴィスは持参したお手製の焼き菓子や軽食を、テーブルの上にずらりと並べ。

 マリアベルは茶葉から厳選してきたお茶を、手ずから丁寧にティーカップに注ぎ入れる。


 注がれたお茶と並べられた焼き菓子。

 レオンハルト第一王子はそれを交互に見て、なにか言いたげな顔をする。


「どうされましたレオンハルト第一王子殿下? もしやお口に合いませんでしょうか……」

  

「どうしたレオンハルト、これ全部お前の好きなやつばかりだぞ? 腹減ってないのか?」


 どうしたのかと二人に聞きたいのは、おもてなしされているレオンハルト第一王子の方。

 マリアベルとクロヴィスに事情を説明されたが、レオンハルト第一王子には意味がわからない。


「つまるところ。お母様はまだお若く女王を退位するのにはお早いので、私はネムスに遊学に参ったという次第でして」


「遊学……って」


「マリアベルの父親、つまり王配殿下がさ? 心構えもなく急に環境が変わるのは辛いだろうって、取り計らってくれたんだよ」

 

 マリアベルがアウラの王太女になったという知らせを受けて、レオンハルト第一王子はもう二人とは普通に話すことさえ出来ないと思っていた。


 なのに突然ネムスに帰ってきたと思ったらいつも通りクロヴィスはレオンハルト第一王子に会いに来て、自家製の焼き菓子を振る舞い始めた。

 そして一緒に来たマリアベルは何故か侍女服にわざわざ着替えてきて、茶を楽しそうに入れている。


 レオンハルト第一王子は嬉しいのに何故か喜べない、なんとも言えない気持ちになった。


「それで、結婚式はどちらでするの?」


「こっちでもするし、アウラでもする予定。それについては今度王配殿下がネムスに来て国王と直接話し合いをされるっておっしゃってた」


「王配殿下がわざわざ……?」


「王配殿下は、マリアベルが育った国を一度直接見てみたいんだってさ」


「そっか、王配殿下はきっと子ども想いの優しい方なんだろうね?」


 レオンハルトは自分の父親に、王配殿下の爪の垢を煎じて飲ませたくなった。


「だから当分はこっちにいるよ。でもその間にお前の新しい側近探して育てないとな……」 

 

「え、クロヴィスが探すの……?」


「そんなの当たり前だろ。お前を誰にでも任せられないからな?」


「それはそれは……頼もしいね?」


「おう、アウラに行ったら外側からお前を支えてやるよ……側近じゃなくなっても、友達だろ?」


「っ……うん、ずっと友達だ」



 


◇◇◇



 

 

「ということですのでリリアン? 私がアウラに戻るまで徹底的に貴女を教育致します」


「えっ……」


 突然教会にやってきたマリアベルは、そんなことをリリアンに宣言した。

 せっかく教会に入ってお姉様のスパルタ教育から解放されたと思ったのにと、リリアンは泣きそうになった。


「ずっと教会にいることは出来ないのですよリリアン? 貴女は自立を考えねばなりません」


「自立って言ったって……私、働いた事もないし! 家を借りるお金だって無いわ」


「大丈夫ですよリリアン。貴女、字が美しく書けるでしょう? 代書人なら出来ます。ですから代書人になる為のお勉強を私と致しましょう? そうすれば貴女一人でも子どもを育てて生きていけます」


 平民の識字率があまり高くないネムスでは、字が書けるだけでも仕事になる。


「え……」


「それと貴女が住む家ですが、もうこちらで用意しております。ですから貴女は……」


「どうしてっ!? お姉様は私にそこまでするの! 私は……私は……っ」


「血は繋がっていませんし、貴女には色々とされてしまいましたが……それでも貴女は私の妹です」


「っ、お姉様のお人好し……」


 この姉はどうしてここまで自分に優しいのか。

 処刑から救ってくれただけでも感謝しきれないのにこれ以上されてしまったら、これまでみたいな行いはもう絶対に出来ない。


 真面目に生きなくてはいけなくなる。


「それにですね? 貴女の家を買ったお金は婚約破棄の慰謝料なのでなにも心配する事はありません」


 散財してやろうと思ってた慰謝料金貨五百枚、それを使って買っただけなのでマリアベルの懐は特に痛まない。 

 それどころか綺麗さっぱりと無くなってくれて、それはもう清々しい気分なのである。


「え、もしかして慰謝料って……オズワルドの……」


「ふふ、リリアン? 貴女が私の婚約者を奪ってくれたおかげで私は本当の両親に会う事が出来ましたし、クロヴィス様を好きになることが出来ました」


「お姉様、今まで本当にワガママばっかり言ってごめんなさい。あ、ありがとうっ……」


「はい、こちらこそ。奪ってくれてありがとう!」





◇◇◇

本編はこれにて完結。

マリアベルとクロヴィスの結婚式は後日談として執筆予定でございます。

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